さあ注射、いってみようかー 『イン・ザ・プール』
2017/09/16
『イン・ザ・プール/奥田英朗/文春文庫』を読み終えて、「なるほどこんな手があったのか、さすがだなあ」と感心した。というのも呪術をネタに物語を書きたいと思っていたから。言い換えれば、小生は本書を呪術物と捉えたということだ。丁寧に言えば、呪縛から解き放つ物語。
小生は、呪術や魔術は人間のいるところならどこにでも、当然今の日本にも存在すると考えている。オカルトのようなおふざけではない。一例を挙げれば「いじめ」だ。呪術、魔術はほんとうにあって、それで人を傷つけることは可能だ。ただし、呪う対象に「あなたは呪われていますよ」ということを知らせなければ効果はない。「呪う」ことはどうでもよく、「呪われる」ことが本質。平たく言ってしまえば、「あの人に睨まれたらもう終わりだ」と意識させることが呪術だ。これは反対でもよく、「あのひとが言うのなら大丈夫だ」もある。こうしてみると人々の抱える精神的苦痛は広義の呪術とみなすことができる。
さて、文章が暗くなってしまったが、そんな呪術に徹底的に明るく対抗するのが伊良部先生の診療だ。伊良部のめっぽう人懐っこい性格と型破りな行動が、精神科を訪れる患者を次々と完治させる。不定愁訴の編集者に対して「繁華街でやくざを闇討ちして歩くとかね」と言ってみたり(『イン・ザ・プール』)、ストーカー恐怖症のコンパニオンには「朝、くたびれたジャージ姿でゴミを出して、尻をポリポリかくところを見せるとかね」とアドバイスしたり(『コンパニオン』)。最後は爽快、らんらんらんである。小説だから、ここまで明るく書いてもよいのだね。というわけで、「なるほどこんな手があったのか、さすがだなあ」と感心した次第。
こちらもいかが 奥田英朗の本
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