エピローグが胸を打つ 『非線形科学』
2022/03/27
『非線形科学/蔵本由紀/集英社新書』を読み直してみて、この本のエピローグがたまらなくいいことにようやく気づいた。蔵本先生の、言葉は控えめだけれど力強い思いがひしひしと伝わってくる。
そんなエピローグに何が書かれているかというと、
創発という概念をよりどころにした複雑現象の科学は、原理を探求する基礎科学としてほんとうに成り立つのか、その根拠は何か。
という問いかけ、
要素的実体にさかのぼることをしないで、複雑な現象世界の中に踏みとどまり、まさにそのレベルで不変な構造の数々を見出すことは優に可能です。
……
樹木の根もとにさかのぼることなく、枝葉に分かれた末端レベルで横断的な不変構造を発見できるという事実を、非線形科学は確信させてくれました。
という答え、
新しい不変構造の発見によって、個物間の距離関係が激変し、新しい世界像が開示される。このような機能が科学にはあるという事実は、もっと広く知られてよいことだと思います。そして、複雑な現象世界には、数多くのこのような不変構造がまだ潜んでいるに違いありません。その発掘は、今世紀の科学の主要な課題です。
という提言だ。
この世に溢れている「現象」を記述する不変構造があるはずでそれを見出したい。しかし素粒子を暴いていってもそれは不可能なのではないか。非線形科学にはその力があるのではないか。
本書の中には、同期、カオス、フラクタルなどが豊富な事例で紹介されている。
例えば、心拍、サーカディアン・リズム、ホタルの集団発光、カエルの鳴き声、などの同期現象は、不変の数理構造で表現できるのだ(言われてみれば、心臓がなぜ安定したリズムでドキドキするのか不思議なんだよね)。
カオス、フラクタルについても、なんとなく感触はわかる。でも本当に理解するのは私には無理だ。本のせいではない、私の頭のせいだ。
本書に数式はほとんど現れない。非線形科学は数理の科学であるにもかかわらずである。数式を使わずに物理学を紹介することは、ジェスチャーで文学を伝えるようなものだ。さぞや先生は苦労されたに違いない。。おかげで、非線形科学が何を目指しているのか、これまでの科学とどこが違うのかがわかったような気がした。蔵本先生に感謝である。
ありがたいことに、
蔵本由紀教授 最終講義録「非線形科学の形成 - その一断面」
がwebで公開されている。併せて読むといっそう感慨深いですよ。