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運命を受け入れる力 『パイド・パイパー ―自由への越境』

      2017/09/16

パイド・パイパー - 自由への越境 / ネビル・シュート(池央耿訳) / 創元推理文庫
パイド・パイパー - 自由への越境 (創元推理文庫)

『パイド・パイパー ―自由への越境/ネビル・シュート(池央耿訳)/創元推理文庫』、確かに冒険小説である。それもかなりのハードボイルドである。それなのになんなんだ、この穏やかさ、清々しさは。

ドイツ軍の侵攻により戦渦まっただ中にあるフランスからの脱出劇。『虎口からの脱出』のごとく、日本が舞台なら満州からの脱出にでもなろうこの物語の主人公はすでに弁護士をリタイアした老人、ハワード。彼はひたすら母国に帰ることを渇望し、幼い子供たちを引き連れてフランス横断の旅を続ける。列車を待ち、バスに乗り、歩き続ける。銃撃戦も格闘もない、謀略があるわけでもない。年老いた一市民にそんなことできるわけがない。だからこそリアル。彼の武器は運命を受け入れる力のみ。しかしその力こそが、ドイツ軍とも互角に渡り合える強さになる。

運命を受け入れる力、ハワードにフォーカスが当てられているが、彼だけが特別なのではない。物語後半に登場ニコルはもちろん、あらゆる人たちが多かれ少なかれこの力を持ち合わせている。戦争中にもかかわらず悲壮感はない。暗さはない。戦争を知らない私が偉そうに言えたものではないが、戦争中も人々はそれが当然のように暮らしていたわけで、その時間に生きている人は、その時間の状況を受け入れるしかないということ、受け入れた物が強く生きて行けるということなのだろう。こんな冷静な小説が1942年に書かれたことにも驚かされた。

読み終えて、なぜか井上ひさしの『東京セブンローズ』が頭をよぎった。山中一家の戦中戦後を通じての実直で慎ましやかな生き方、暮らしぶりを思い出し、ハワードと子供たちの旅とどこか共通点を感じたのだと思う。

素晴しき哉、20世紀のパイド・パイパー!

 - 小説, 読書