天下無敵のゼロ、そして無限大 『異端の数ゼロ』
2017/09/16
異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 / チャールズ・サイフェ(林大 訳) / ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ
いやー、すごい!ゼロ(と無限大)で哲学史を俯瞰しちゃうのだから。
本書は好著揃いで定評のある「数理を愉しむシリーズ」の1冊。2003年に同社から発売された単行本の文庫化で、廉価になったのはうれしい。
ゼロを主役に、古代から現代宇宙物理までを一気に駆け抜ける数学史、物理史、さらには哲学史。と聞くと堅苦しくて難解かと思いきや、なんのなんの人間味溢れるドラマであった。例えば……、
ひと組のカップルがいた。男は自己中で、自分が一番自分が絶対と威張り散らしていた。そんな男を女は心底愛していた。私にはこの男しかいないと惚れ込んでいたから、とにかく男につくした。男の方も、自分を立ててくれるそんな女を可愛いと思っていた。二人は愛し合い、仲良く暮らしていた。その後の悲しい運命も知らずに。
あるとき、二人の前に美しくも妖しい女が現れた。妖女はまず男にささやきかけた。あなたの付き合っている女はでたらめな女だと。男はそんな戯言に耳を貸すはずもなかった。自分につくしてくれる女を貶めようとする妖女を追い払った。しかし妖女は繰り返し女の欠点を男に吹き込み続けた。
そうこうするうちに、男の気持ちがぐらつきだした。妖女の言葉は正しいのではないか。そうなると妖女はますます美しく見え、恋人が醜く思えるようになった。ついにはこれまで自分を慕ってくれた恋人を捨て、妖しい女の虜となった。
どこかにありそうな三角関係の物語である。さらにこの物語には後日談がある。妖女は次にその男を攻撃するようになり、男を追放してしまうのだった。
これが中世、近世におけるゼロの物語。自己中男は神(教会)、健気な女はアリストテレス、妖しい女はゼロなんだなあ。
私は、神と科学・技術との関係にすっごく興味があるので、上のような物語はそのド真ん中、たまらなく面白かった。
それ以外にも、ニュートン、ライプニッツがごまかしていた微積分の説明があったり、リーマン球の解説もわかりやすかった。ゼロはなにも中世の教会だけを悩ましたわけではない。この現在においてもブラックホールやビッグバンを解明しようとする物理学者たちを悩まし続けている。
ゼロと無限大の魅力がこれでもかと伝わってくると同時に、西洋科学がいかに神に縛られているのかがわかる。サイモン・シンに負けず劣らずの面白科学読み物だった。