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3段階の刺激が味わえた 『これからの「正義」の話をしよう』

      2017/09/16

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学 / マイケル・サンデル(鬼澤忍 訳) / 早川書房
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

巷の評判に影響され、ミーハー気分で購入していた『これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学/マイケル・サンデル(鬼澤忍 訳)/早川書房』、長いあいだ積読、放ったらかし状態にあった。そうこうしながら夏休み、本書の元となるハーバードの講義を収録したNHKの番組『ハーバード白熱教室』を見て、サンデル先生の静かで力強い講義に感激。それが引き金になって、棚から引っ張り出してきて読み進めていくと、なんと刺激的、ワクワクしどうしの一冊だったじゃないですか。すべてを消化するには遠く及ばないが、それでも面白かった。

本書は、政治哲学者サンデル教授による超人気哲学講義が書籍化された一冊。税金、徴兵制、代理母など身近でありながら深い問題を、いくつかの正義の立場から丹念に掘り下げていく。講義のペースに合わせるようにゆっくりと読んでいくと、僕の頭の中では話の内容が3層に分かれてきた。言い換えると、3通りの読み方ができた、3つの効用があったということ。

  1. 倫理学の基礎知識を得る
  2. 西洋哲学の手法・考え方を追体験する
  3. 正義について考える

本題の「正義」は最後になってしまうのだが、上から順を追ってまとめておこうと思う。

倫理学の基礎知識を得る

高校での倫社の授業以来、この手の倫理学、道徳哲学に触れることはほとんどなかった。本書では古今の倫理学(西洋に限られるが)を広く網羅し、それらの意味するところを丁寧に教えてくれる。アリストテレスやカントといった巨人の思想、ベンサムの功利主義、ノージックに発するリバタリアニズム、ロールズの正議論、などなど。この辺の知識に乏しい僕としては、噛み砕いたわかりやすい説明がとてもありがたかった。

中でもイマヌエル・カントの解説はすばらしいんじゃないかな。カントと聞けば『純粋理性批判』という書名しか頭に浮かばないし、「難解」を振りかざしている印象しかなかった。近寄る気すらなかった。そんなカントについて、義務、自律、定言命法といったキーワードに基づいて、サンデル先生が咀嚼した末のエッセンスを披露してくれる。まさしく目から鱗。カントの姿が朧げに見えたような気がした。

西洋哲学の手法・考え方を追体験する

本書はもともと大学の講義を下敷きにして書かれているから、自分の頭で徹底的に考える、情緒を排除して論理的に考える、そんな哲学的なアプローチを身に付けて欲しいということが目的にある。「正義」はそのための題材と言ってもよい。だから様々な立場、角度から正義とは何かを追及していく。例えば兵の調達方法。これには主に徴兵制、志願制、傭兵制があるが、どれが最も正義にかなった制度だろうか。これって、ちょっと考えただけでは気づかない矛盾を含んだ問題なのだ。まあ日本では情緒がじゃまして入口にすら立てない問題だろうけど。

印象として感じたことがある。西洋哲学はとことん突き進むので、その先端はかなり過激な展開となる。リバタリアニズムは無政府主義に進む可能性がある。カントは友人をいやいや自分の命を守るためですら嘘をつくことを認めない。東洋的な「中庸」はありえないのだろうかと思う。中庸って情緒なのだろうか。

正義について考える

さて本題の正義について。残念ながら、これについては正直僕は結論を出せない。正義を決定する際何に立脚するかには幸福、自由、道徳の3つがあるそうだ。それぞれ「功利主義」、主として「リバタリアニズム」、「コミュニタリアニズム」にあたる。

この中で、功利主義に拠って立つのは少々問題が大きいのではなかろうか。自由エネルギーが小さくなる方向に反応が進む、といった単純なわかりやすさで測れない状況が人間社会では多すぎると思うからだ。

「自由」はかなり有力な拠り所だ。リバタリアンとカントとで自由はまったく別物なのだが、ここではリバタリアニズムを採用してみる。リバタリアニズムとは「他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだ」とする政治思想。とても魅力的に聞こえる。
しかし疑問もある。「他者の権利を侵害しない限り」という仮定が本当に成り立つのかどうか、僕にはまだよくわからないのだ。

最期の「コミュニタリアニズム」はサンデル教授の推すところ。道徳に関与する政治は公正な社会の実現をより確実にする基盤でもある、という説には一理あるとは思う。じゃあ「コミュニタリアニズム」を受け入れるのかと問われれば、とても窮屈そうで(カントほどじゃないけれど)僕は腰が引けてしまう。

本書は優しくはないが読みやすい。そして興奮物。勢い余って長文になってしまった。

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