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なぜ他人の視線を感じるのか 『スーパーセンス』

      2017/09/16

面白い。僕が探し求めていた本だった。

ガードナーシャーマーらに代表される従来のエセ科学批判は、上から目線でものを言う傾向がある。ひとことで言えば「科学リテラシーの欠如」。要は無知だからエセ科学をそれと見抜けない。結果騙されると考えている。

本当にそうなのだろうか。

近代科学が誕生してからおよそ400年。これだけの時間を費やしても、人はまだ科学的に考えられないほど愚かだと言えるのだろうか。少なくとも先進国ではそれなりに科学教育が行なわれているにもかかわらず、かえって先進国でエセ科学が跋扈しているような。

ちょっと待てよ。近代科学の歴史は400年。人間の歴史を、例えばクロマニョン人から始めればざっと40000年、99%の時間をずーっと科学なし(エセ科学)で暮らしてきた。いや、そのお陰で人類はここまで生き延びてきたわけだ。それだけ慣れ親しんできたエセ科学をあっさりと捨てられるものだろうか。言い換えれば、エセ科学が人間の本質で、近代科学が無理した姿なのではなかろうか。

ぼんやりとそんな考えを巡らせていたら、我が意を得たりを予感させる一冊が登場した。『スーパーセンス ヒトは生まれつき超科学的な心を持っている/ブルース・M・フード (小松淳子 訳)/インターシフト』だ。

「誰かに見られている」と感じたことはないだろうか。この被注視感はまったく錯覚で、そんなものが存在する科学的根拠は一切無い。スーパーセンスとは、そんな被注視感、さらに大きくは宗教、超常現象、希望的観測などを実在するものと考えたがる傾向、感覚のこと。スーパーセンスは信心とか文化とかに関係なく人間に備わっているのだ。そのことは発達段階、文化に染まっていない幼児に見いだせるからだという。

スーパーセンスは、懐疑主義者にとっては馬鹿げた感覚だが、人にもともと備わっているのだから仕方がない。このスーパーセンスは非科学的な考え方を受け入れてしまう一方で、社会が集団の構成員を神聖な価値によって一つにまとめる信念体系にとても役立っているらしい。世の中がガチガチの懐疑主義者ばかりだったら、こんな豊かな人間社会は生まれてこなかったということだ。

本書は、そんなスーパーセンスを様々な角度から解き明かしてくれる興奮ものの一冊だった。心と脳との関係という『暴走する脳科学』と共通するテーマついても考察されていて、改めてじっくり読み比べてみようと思う。

スーパーセンスーーヒトは生まれつき超科学的な心を持っている/ブルース・M・フード (小松淳子 訳)/インターシフト
スーパーセンスーーヒトは生まれつき超科学的な心を持っている

 - 自然科学・応用科学, 読書