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ロンドンオリンピックを観る前に 『人種とスポーツ』

      2017/09/16

人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか
川島浩平
中公新書
人種とスポーツ - 黒人は本当に「速く」「強い」のか (中公新書)

現在、「黒人の身体能力は生まれつき優れている」というのが定説となっている。ロサンゼルスから北京まで直近7大会のオリンピックで、男子100m決勝に出場した選手56人はすべて黒人だという実例を見せつけられれば、そう考えてしまうのもやむを得ない。でも、それって本当なのか?

本書は、そんな疑問を南北戦争から現在までの時間スケールで歴史的、人類学的に考察した一冊。著者の川島浩平氏は文化人類学、アメリカ史の専門家で、現在武蔵大学人文学部教授。これまでの豊富な研究成果をベースに、一般向けとして書き下ろしているので深みがある。

「黒人は身体能力が優れている」と言われ始めたのはごく最近、1930年代以降のこと。言われてみればごもっともで、それ以前は、当然ながら白人が黒人に劣るなんて考えはありえなかった。1858年、医師のカートライトは、「黒人は自分の筋肉を制御することがほとんどできない」とさえ言い切っている。黒人が白人とスポーツで競うなんて場すらほとんどなかった。
その後、黒人の生活環境も向上し、人種分離主義体制も徐々に崩れ、対等に競いあう場が拡大することで黒人アスリートたちが台頭することになる。アメリカは掌を返すように多元主義優越論なんかを唱え、ナチスドイツに対抗しようとしたものだから、それも追い風になった。
そんな歴史が、多くの黒人アスリートの逸話を交えて紹介されるので、読みやすく面白い。

これはこれで興味深かったのだが、以上のように本書は「スポーツから見たアメリカ(黒人)史」である。冒頭の疑問に答えるためには残念ながら物足りない。肝心の身体能力に関するデータはほぼだし、トップアスリートにしか注目していない。黒人差別であったり、黒人にもいろいろあるからね、という落ちは文化人類学的にはありかもしれないが、体格とか走力とか跳躍力とか、身体能力の数値化とその統計的な解析に基づいた議論も欲しいと思うのは贅沢だろうか。もちろん測れば結論が出るといった単純な問題ではないだろう。だからそのデータをどう解釈するかという点で、人類学の視点が重要になってくるはずだ。

と注文をつけてしまったが、本書を読めば黒人選手たちを違う角度から見られるようになった。ロンドンオリンピックが楽しみだ。

 - 社会, 読書