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人類は必死に喰ってきた 『食糧と人類』

      2017/09/16

人(生物)は食べなきゃエネルギーを得られないし、そもそも体を作れないのだから、食べるって人類存在の根本の根本だ。なのにわたしたちの多くは食べ物を生産していない。考えてみれば奇妙なもので、わたしたちはなぜ食べていられるのだろう。

わたしたちはなぜ食べていられるのか

日本で見れば縄文時代には、ほぼ全員がどんぐりやくるみを集めたり、鹿や猪や魚を獲ったりしていた。弥生時代は、米や麦が栽培されるようになり、ほとんどの人が農耕や狩猟をしていた。江戸時代になると、農業人口は80%ほどになる。20%の人は食物を作らなくていいようになった。それが今や日本の農業就業人口は210万人。たった1.6%が全体の食糧を賄っている。

そりゃ輸入してるからでしょう、となるのだが、全世界で見ても2007年、都市人口が多数派になったらしい。
昔々、ほとんどの人が食べ物を獲ったり作ったりしていたのに、今や世界の半数以上の人が、誰かに食わせてもらっているということ。

人間以外の生物は、自分の食べ物は自分で調達しているというのに、人類だけが他人が自分を食べさせてくれる特殊な生物に変貌してしまった。そしてどんどん勢力を伸ばし、世界中に繁栄した。驚くべき生物だ。

はて、わたしたちはどうして食べていられるのだろうか?そして人類はどのようにして今日の栄華を極めるにいたったのだろうか?

農耕、牧畜により自分たちで生産できるようになったこと、さらにその生産性を高めてきたことがその理由だ。ただ、そう一言で片付けてしまってはあっけない。その過程には自然の力と仕組みを解明し探ろうとする人類の創意工夫、悪戦苦闘という壮大なドラマがあったのだ。『食糧と人類 / ルース・ドフリース(小川敏子訳) / 日本経済新聞社』 はそんな人類が歩んだ旅路を俯瞰した一冊。食べるための、飢えないための、生存をかけた工夫と努力の人類史だ。

もっともっと、もっと肥料を

食事のとき、「お百姓さんに感謝しなさい」とかつて言われた人がいるかもしれないけれど、実はそれどころじゃないのだ。農業を発展させてきた先人すべてに感謝だね。農耕をはじめてから1万2千年、その収穫量を増やそうと人類はつねに問題を解決し続けてきた。かつての排泄物や草木灰が化学肥料に、間引きが交配さらには遺伝子組み換えに、人手や牛馬がガソリン機械へとグレードアップさせた。それらが今の食事を成り立たせているのだから。その努力は今も続けている。本書にはそれぞれの物語が、こと細かく面白く書かれている。これらを知らずにのほほんと飯は食えない。

どの項目も読み応えありだが、中でも著者が注力しているのが肥料だ。「人類史が始まって以来ほぼすべての時点で、食料供給量は窒素とリンが循環する速度に縛られてきた」からだろう。なので、そこのところを少し紹介しておく。

農耕を始めるようになった人々がすぐに気づいたのは、作物を植えて収穫した土地は、だんだん作物が育ちにくくなるということ。なぜだかわからなかったが、なんか良さそうという方法を編み出してきた。畑を焼くであったり、人や家畜の排泄物を撒くであったり、豆を植えるであったり。中でも効果を発揮したのはグアノという鳥の糞だったらしい(南米ペルーからヨーロッパに運ばれた)。

植物の成長には土壌に含まれる窒素、リンが欠かせないことがようやくわかったのは、19世紀半ばになってからのことだ。ところが一旦土壌から植物に吸収された窒素やリンが再び土に戻ってくるのには長い道のりがあって、自然に任せておくと時間がかかる。リンは100万年かかる。なら無理やり土に入れればいいじゃないかとなるのだが、特に窒素を土の中に入れることはできなかった。窒素は空気としてそこら中にあるけれど、植物が栄養素として取り込めるのは窒素ガスではなくNO3(硝酸塩)などの化合物として固定された窒素なのだ。

グアノも硝石も取り尽くし、万事休すかと思われたころ、突破口が開かれた。ハーバー・ボッシュ法の開発である。窒素ガスからアンモニアを合成する技術。これによって窒素肥料の問題は一気に解決した。今わたしたちが口にする作物は、20世紀のはじめに発明されたハーバー・ボッシュ法で作るアンモニアによって育てられている。追い込まれれば大抵のことは解決してしまう人類には感心するばかりだ。

問題はなくかったか

では、もう今や人類は安泰かといえば、全くそうではない。過剰な食糧を手にしたことで、肥満とそれにともなう病気が増加している。さらに大きなテーマとして、安定した気候、栄養分の循環、生物の多様性といった、人類が地球で生存していくために欠かせない要素に異変が起きている。これに対し著者は悲観していない。

そのたびに人間は独創的な方法で地球のめぐみをうまく活用するにちがいない。これまで積み重ねてきた創意工夫の成果とともに、生きる方法を学びつづけるだろう。

ぼくもその立場を取りたい。

食糧と人類―飢餓を克服した大増産の文明史 / ルース・ドフリース(小川敏子訳) / 日本経済新聞社
食糧と人類 ―飢餓を克服した大増産の文明史

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