すぐびん

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ぼくもあいたかった

      2016/06/24

おなかがすいて死にそうだ。もうフラフラで立てないよ。横でお兄ちゃんがいっしょうけんめいだれかを呼んでいる。
お兄ちゃんがぼくの方をふり向いた。
「おい、がんばれ。助かるかもしれないぞ」
そんなお兄ちゃんの声を聞きながら、ぼくは気がとおくなっていった。

水色のレインコートにピンクのかさ。みかちゃんが橋のたもとでしゃがんでいます。お母さんが近づいてみると、みかちゃんはダンボールの箱の中をのぞき込んでいました。箱の中には二匹の仔犬。
振り返って、みかちゃんが言いました。
「おかあさん、この犬飼っていい?」
「捨て犬なんか拾わないの」
「かわいそうじゃん。こんなに寒いのにほっとけないよ」
お母さんはちょっと困った顔をしました。
「しょうがないわねえ。でも一匹だけね」
箱に目をやると、一匹はみかちゃんを見てキャンキャン。もう一匹はそのよこでぐったりしています。みかちゃんは弱っている方の一匹を拾い上げました。そして残された元気な犬をみつめながらつぶやきました。
「ごめんね」

数年がたちました。
仔犬は元気に育ち、からだも大きくなりました。みかちゃんがつけてくれた名前はレオン。今ではお母さんもレオンがお気に入りです。レオンは毎日楽しくすごしていました。
でも、レオンには一つだけ心配なことがありました。はなればなれになったお兄ちゃんのことです。お兄ちゃんは元気にしているだろうか。夜になると空に向かってお祈りをするのです。
「いつか会えますように」
今日は、真っ青な空が広がっています。いつものように、レオンはみかちゃんとお散歩です。早くお気に入りの公園で遊びたくて、レオンは駆け出しました。
「そんなに走らないでよ」
引っ張られるみかちゃんもうれしそうです。
そんなレオンのようすを、じっと草むらから見つめている目がありました。
このころから、近所でうわさがひろまっていました。きょうぼうなのら犬がうろついているといううわさです。
「のら犬なんていやねえ」
「こどもがかまれたらどうしましょう」
そんな声がレオンの耳にも届きました。

ある日、レオンが寝そべっていると、向こうから犬がやってくるのが見えました。顔も体も古傷だらけ。うわさののら犬にちがいない、レオンはブルッと震えて目をそらせました。犬はどんどん近づいてきて、レオンの前で立ち止まりました。そして、
「おれのことがわかるか」
と話しかけたのです。
レオンは声の方向をおそるおそる見上げました。ギラギラした目がじっとレオンを見つめています。怖くて声がでません。
「わからねえのもむりはねえか。もう昔のことだからなあ」
レオンははっとしました。もしかして。
「お兄ちゃん」といいかけようとして、レオンはことばをのみこみました。
あれほど会いたかったお兄ちゃんが目の前に現れたのです。なのに、レオンはすなおによろこべません。
お兄ちゃんのレオンを見つめる目が、さっきとちがってやさしそうにみえました。でも。
こんなきたなくて、おそろしそうな犬がぼくのお兄ちゃんだなんて。このことが知れたら、みかちゃんにきらわれるんじゃないだろうか。
お母さんはぜったい怖がるに違いない。
そんな気持ちがいっぱいになって、レオンは言ってしまったのです。
「だれだか知らない。会ったこともない。あっちへいって。もうここへは来ないで」
お兄ちゃんはおどろいた顔をしました。でもなにも言わず、いま来た道を戻りだしました。とぼとぼと。さみしそうなうしろすがたで。
その後、お兄ちゃんがレオンの前に姿を見せることはありませんでした。
その朝、おやっ、と妙な予感がしてレオンは目を覚ましました。突然地面が揺れたかと思うと、トランポリンにのったようにレオンは小屋と一緒にとばされていました。ぐらぐらぐらぐら。立ち上がることもできません。
やっとのことであたりを見回すと、あたりの家々がつぶれ、炎や煙がひろがっています。レオンはリードをひきずって逃げました。
それから何日みかちゃんをさがしてさまよったでしょう。レオンはあの日からなにも食べていません。ふらふら歩きつづけると、昔どこかで見たような場所でした。レオンは、あの橋のたもとで気を失いました。
「気がついたようだぜ!」
その声を聞いておおぜいの犬たちが集まってきました。目をさましたレオンをとりかこんで口々に話しかけました。
「よかったよかった」
「大将に恩返しができたってもんだ」
「みんな大将にはとても世話になったんだ」
「大将ってあんたのあにきのことだ」
「悪いやつらに追いかけられてときは、助けてたたかってくれた」
「食べ物がないときはどこからか運んできて、これを食えよとおれたちにくれた」
「大将がいなけりゃ、おれたちみんな死んでたね。命の恩人だ」
「もう体がぼろぼろだったからね。動けるうちに一目弟に会いたいと言っててね」
「みんなでさがして、ようやくあんたを見つけたんだ。よろこんで会いに行ったよ。でもそれっきり大将が帰ってこないんだ」
「大将とは会ったんだろ?」
横たわるレオンの目に涙があふれてきました。

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