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なにかお力になれることは? 『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』

      2017/09/16

はじめて味見してみたカート・ヴォネガットは『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを/カート・ヴォネガット・ジュニア/ハヤカワ文庫』、こんな面白い小説に出会えるから本読みはやめられない。本作品の発表は1965年、ハヤカワ文庫の初版が1982年、そして2008年に感動した私。
ハヤカワ・オンラインより引用

聞きたまえ! 億万長者にして浮浪者、財団総裁にしてユートピア夢想家、慈善事業家にしてアル中である、エリオット・ローズウォーター氏の愚かしくも美しい魂の声を。隣人愛に憑かれた一人の大富豪があなたに贈る、暖かくもほろ苦い愛のメッセージ……現代最高の寓話作家が描く、黒い笑いに満ちた感動の名作!

ヴォネガットが書きたかったのは「ぼくたちにできることは人に親切にすることなんだ」ってこと。そしてその背景として、「この星に住む人類ってのはお金に支配される」ってこと。
全編、エリオットの親切が貫かれているから、「そうだよな、親切っていいよな」って気になっちゃう。いきなりイントロからこう始まるんだ。

ボン・ヴォワイヤージュ、親愛なるいとこよ、それともだれであろうと、この手紙をうけとるきみよ。けちけちするな。親切であれ。芸術と科学は無視してもいい。どちらもだれのためにもならないからだ。それより、貧しい人びとの真剣で親身な友人になりたまえ。

中盤ではこうだ。

「こんにちは、赤ちゃん。地球へようこそ。この星は夏は暑くて、冬は寒い。この星はまんまるくて、濡れていて、人でいっぱいだ。なあ、赤ちゃん、きみたちがこの星で暮らせるのは、長く見積もっても、せいぜい百年ぐらいさ。ただ、ぼくの知っている規則が一つだけあるんだ、いいかい―――
なんてったって、親切じゃなきゃいけないよ」

そしてエンディングには驚きの親切が待ち構えている。
大富豪が金の集中はよくないから貧しい人たちに財産をばらまくとなると、社会主義礼賛かと思わされるが、そう短絡できるものでもない。小難しいことは脇に置いて、「毎日毎日使えきれないお金が湧いてくるのなら、それを金に困っている人に配分しちゃいけないの?」と軽く考えよう。
親切っていうけれど、金を与えることが親切なの?ヴォネガットはそんなことは言っていない。例えば親切の一つの形として他人の話を聞いてあげるということがある。とても参考になるのが以下の一説だ。

「あのカミナリがまたあたしを狙いにきたです、ローズウォーターさん。電話せにゃおれんかったです。こわくて、こわくて!」
「いつでも好きなときに電話してしらっしゃい。そのためにぼくはここにいるんだからね」
「あのカミナリのやつ、今度こそあたしを殺す気ですだ」
「なんてやつだ、あのカミナリは」エリオットの怒りは本物だった。「まったくあのカミナリはけしからん。あなたをいつもいじめたりして。ひどいやつだよ」
「さっさとやってきて、ひと思いに殺されたほうがましですだ、こんなにいつもおどかされてるよりゃ」
「いけないよ、この町がとても淋しくなってしまう。もしもそんなことが起こったらね」
「だれが気にかけてくれますだ?」
「ぼくが気にかける」
「あなたはみんなのことを気にかけていらっしゃるで。あたしのいうのは、ほかにだれがいますね?」
「たくさんの、たくさんの人びとがいるよ」
「こんな頭のわるい、六十八の婆あを?」
「六十八はすばらしい年ごろだよ」

なんてすてきな親切なんだ!
読み終えて、これはひょっとして神が誕生するまでを描いた物語なんじゃないかという思いがふと頭の中をよぎった。

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを / カート・ヴォネガット・ジュニア / ハヤカワ文庫
ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを

 - 小説, 読書