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技術系ファンタジー 『海賊船ベヘモスの襲撃』

      2017/09/16

『海賊船ベヘモスの襲撃』は、異世界を描いた冒険ファンタジーであるが、ありがちなファンタジーを予想すると見事に裏切られるはずだ。冒険小説好きの私はたいそう面白く読んだが、案外好き嫌いが分かれる作品かもしれない。そしてもう一つ、小説を書きたいという人にとって役立つ一冊と言えそうだ。エンタテイメント小説の書き方について情報を与えてくて、私にはとてもありがたかった。

本書は『スカイシティの秘密』に続く、翼のない少年アズの冒険シリーズ第2作である。物語の内容は東京創元社のwebから拝借しよう。

天空都市に住む翼ある人々エアボーンと、地上に住む翼のない人々グラウンドリング。ふたつの世界の衝突の危機を救ったのは、生まれつき翼をもたないエアボーンの少年アズだった。だが、ようやく新たな関係が築かれたかに見えた矢先、グラウンドリングの精油所がエアボーンの海賊に襲撃される事件が起きる。苦悩するエアボーンの指導者は、再びアズに重大な任務を託すが……。ふたつの世界を舞台に少年の成長を描く冒険ファンタジー。
― 東京創元社

エアボーンの海賊を征伐するミッションを受けたアズ、何かを企む助祭とともに姿を晦ませた父親の行方を追うキャシー、二人の少年少女の活躍がクロスカッティングで進行する冒険物語は、読み出したらもう止まれない。テンポはいいし、大勢登場するキャラクタたちも魅力的だ。中でも海賊のリーダー、いかがわしげな助祭をはじめとする悪役キャラがいい味出しているので物語に引き込まれる。実は私、前作を読んでいないので、すんなり世界に入れるか心配だったのだが、まったく問題なし(まあ1作目から読むのに越したことはないのだろうけれど)。

また、エアボーンとグラウンドリングとの異文化の対立感情、エアボーンの政治中枢におけるコンサバとリベラルとの駆け引きなど、単純化したステレオタイプではあるけれど社会背景も書き込まれていて立体的な世界を作り出している。

そしてエピローグ。常套手段かもしれないが、最後にこんなシーンを持ってこられたら、次作を読まないわけにいかないじゃないか。第3作『Darkening for a Fall』の翻訳待ってます。

さてこの作品、ありふれたジュブナイルファンタジーではない。というのも、それらにお決まりの「魔法」や「勇者の剣」といった要素は一切登場しない。瀬戸際に追い込まれたら魔法でチャチャッと解決、なんてことはないのだ。彼らは肉体と技術を駆使して戦うのだ。トラックに火炎放射器を積み込んだり、飛行機から火炎瓶を投下したり。舞台は人が空を飛ぶ異世界なのに、やってることはリアル。「技術系ファンタジー」とでも言おうか。私は気に入った。

話変わって、楽しんで読み終えた後、この本って物語とは別にいいこと教えてくれているなと気づいた。本書は123の章でできている。作品の分量は600から650枚ほど。それに対してなんとも膨大な数の章立てがなされているわけだ。一つの章はたいてい一つのシーンでできている。要はテンポよく読者を引きつけながらストーリーを進行させるには1シーンを5枚で書くとよいということ、そして600枚物を書こうとすれば120のシーンが必要ということだ。逆に言えば、120のシーンを集めれば600枚が、60のシーンを集めれば300枚が書けるということなのだ。これは長編小説を書く上での定量的な指標になる。長編を書き進めていると、途中どこまで進んだのか自分のいる位置がわからなくなって不安になることがよくある。そんなとき、この指標があれば数字で進捗を認識できるのでとても助かる。

一粒で2度おいしかった。

(本書は「本が好き!」を通じて東京創元社さんより献本いただきました)

海賊船ベヘモスの襲撃/ジェイ・エイモリー(圷香織訳)/創元推理文庫
海賊船ベヘモスの襲撃 翼のない少年アズの冒険2 (創元推理文庫)

 - 小説, 読書