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心を操作する会話 『ローラ・フェイとの最後の会話』

      2017/09/16

ローラ・フェイとの最後の会話 / トマス・H・クック(村松潔 訳) / ハヤカワ・ミステリ
ローラ・フェイとの最後の会話 (ハヤカワ・ミステリ 1852)

読み出したらのめり込むこと間違いなし。魔術のようなミステリ。

20年ほど前、『だれも知らない女』をはじめ文春文庫がクックの作品を連発していた頃、どうも僕にはそれらになじめなかった。ねちっこくてスッキリしない。だから何冊か手を出したにもかかわらず、読み通した覚えがない。僕にとってクックは「未読の記憶」だったのである。

そんなこともあって、今回『ローラ・フェイとの最後の会話/トマス・H・クック(村松潔 訳)/ハヤカワ・ミステリ』に恐る恐る手を出してみたわけだが、これを読み損なっていたら大損だった。いやー、すばらしい。

冴えない歴史学者ルークの前に一人の女が現れる。その名はローラ・フェイ・ギルロイ。ルークが幼い頃、父親が殺害され母親をも失った悲劇を引き起こした女。自分と顔を合わせることなどできるはずのない女。にもかかわらずローラ・フェイはルークと話をしたいと提案する。しぶしぶ乗ったルークに向けて放たれる彼女の一言ひとことが、あの頃の彼の記憶を呼び覚ましていく。ローラ・フェイはなぜいま会いに来たのか?彼女の目的は何なのか?

粗っぽく言ってしまえば、延々と繰り広げられる二人の会話、それだけだ。それがこんなに深い物語を紡げるのだ。ローラ・フェイのさりげない、しかし意味ありげな言葉、表情、しぐさ、そして時には沈黙、それらの一つひとつがルークの心を揺さぶる。そしてもちろん読者の思惑も揺さぶる。さりげない会話がこれほどまでに人を動かすのだいうことに恐怖さえ感じた。ディテールをこれでもかと重ね、読み手の心情をこうまで操るクックの技巧に恐れいった。魔術である。

そして止めを刺すのがエンディングだ。もう心が溶けそうになっちゃったよ。この感覚、是非とも味わっていただきたい。そう、まさに味わうって感じ。

最初に述べたように、下手をしたら読み損なっていたわけで、虫の知らせと言おうか運がよかったなあと胸をなでおろしている。そしてこの作品をこれほど愉しめたということは、クックの作風が大きく変わったのではないとしたら、僕の嗜好なりミステリを読む力が変化したということなんだろうな。

 - 小説, 読書