すぐびん

山歩き、読書や工作、おじさんの遊んでいる様子

検索

『冥王星を殺したのは私です』 太陽系最前線で戦う正義の天文学者

      2017/09/16

冥王星を殺したのは私です / マイク・ブラウン(梶山あゆみ 訳) / 飛鳥新社ポピュラーサイエンス
冥王星を殺したのは私です (飛鳥新社ポピュラーサイエンス)

科学ノンフィクションを越えた面白さ!なぜなら人の息遣いがビンビンと聞こえてくるから。著者マイク・ブラウンの正義を貫く科学者魂と家族を愛する可愛らしさにもうメロメロなのだ。

第十惑星を見つける!

昔々、地球が宇宙の中心だったころ、惑星は7個だった。太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星である。そう、7曜。地球が太陽の周りを回りだしてからは太陽と月が抜け、地球が加わった。その後、天王星が1781年に、海王星が1846年に、冥王星が1930年に仲間入りした。以来、太陽系の惑星は「水金地火木土天海冥」。常識。あたりまえ。ところがここで天文学者のマイク・ブラウンは研究テーマとして突拍子もないことを思いつく。新しい惑星、第十惑星を見つけよう、と。そんな馬鹿げたことはやめた方がいいと誰もが忠告した。しかし冥王星が発見されたのは1930年、以来天体観測技術は格段に進歩している。10番目の惑星はないなんてどうして言い切れるのか。マイクの惑星探しが始まった。すごいことを考える人がいるもんです。それからというもの、星空の写真とにらめっこして「動いている星」を探す日々。本書では、この仕事っぷりも懇切丁寧に描かれていて、ヘーッ、天文学者ってこんなことしてるんだと知った。天文学者は月が嫌いなのだね。

冥王星は死にました

はたしてマイクは第十惑星を発見することができるのか。タイトル『冥王星を殺した…』とはどういうことなのか。それらはどう関係してくるのか。この辺は本書の核心なので、さすがにここでは書けない。周知なのは冥王星が「惑星」からはずされ(2006年8月、プラハで行われた国際天文学会総会でのことだ)、現在の「惑星」は「水金地火木土天海」の8つということ。あと、このストーリーには天文学者の執念、陰謀が渦巻いている、と臭わせておく。

惑星より大切なもの

惑星探しと同じくらい詳しく描かれているのが著者のプライベート。サイドストーリーとは呼べないくらいに力を入れて書きこまれている。それも学者らしからぬ瑞々しいタッチで。仕事そっちのけで恋人といちゃついたこと、愛娘にデレデレのこと。天文学者も人間なのである。恋愛、結婚、出産(もちろん産むのは奥様)、育児などなど、仕事以外にやらなくちゃいけないことがうんとある。そんな自分暴露が微笑ましくて、本書を人間味あふれる物語に彩っている。科学ノンフィクションにもかかわらず家族の歴史でもあるわけだ。彼が天文学の道を歩むきっかけとなったシーンもいいなあ。

科学の正義

ここまで紹介した物語で充分面白いのだが、これに加えて本書を一層魅力的に、キラキラ輝かせている要素がある。それは著者の科学に対するピュアな精神、正義感である。自分はどうなろうとも、科学はこうでなければならないと正義を貫く。そんな場面が随所に見られる。
たとえば、ある事件に巻き込まれた際にウェブサイトに掲載した反論。

……
私たちは太陽系外縁部で大型の天体をさらに何個か見つけたいと願っている。発見したらその天体についてできるだけ多くのことを知るためにあらゆる努力を傾け、それから存在を公にする。発表するときにはできるだけ完全な情報をそろえ、科学者にとっても一般の人にとっても興味深い話ができるようにする。私たちはほかのすべての科学者と同じように、発見を横取りされる危険があることを承知のうえで時間をかけて調べる。そしてもしも実際に横取りされても、その人たちを心から祝福しよう。

これには胸が熱くなった。涙が出てきたよ。マイク・ブラウンは太陽系の最前線で戦う正義の天文学者なのだ。

以上、本書を褒めちぎった。何遍書いても書き足りないくらいの傑作だ。そんな本書に難癖をつけるとすればただ一つ、マイクがカッコよすぎることだ。

 - 自然科学・応用科学, 読書