この世界は自分の好きなように生きられる『Born a Crime』
アメリカのコメディ専門チャンネルに『The Daily Show(ザ・デイリー・ショー)』という番組がある。政治を皮肉るニュースエンタテイメントだ。YouTubeにもアップされていて試しに観てみると、何を言っているのかぼくにはちんぷんかんぷんだが、スタジオは爆笑の連続。さぞかし面白い話をしているのだろう。この番組を仕切って観客を楽しませているのは南アフリカのコメディアンTrevor Noah(トレバー・ノア)。なかなか素敵な兄ちゃんだ。
この兄ちゃんが本を書いた。タイトルは『Born a Crime』、少年時代のエピソードを綴ったメモワールである。走っている車から母親に抛り出されたり、虫や骨を食べたり、家の中でうんちしたり、海賊コピーで荒稼ぎしたりと、どこを読んでもユーモアにあふれている。ページをめくるたびにニヤニヤしたり、時おり声出して笑ったり。
そんなエピソードを通して彼が教えてくれたことが二つある。
一つは、この世界は自分の好きなように生きていいし生きられる、ということ。
もう一つは、どんな苦境の中からも笑いの種を見つけることができる、ということ。
人を大笑いさせながら、トレバーは大切なことを伝えてくれているのだ。そんじょそこらのお手軽お気軽な笑いじゃないのである。
トレバーは1984年、アパルトヘイト下の南アフリカに生まれた。母親は黒人、父親は白人のミックス。アパルトヘイトというのは黒人と白人が交流することを禁じた法律。その間に子供が生まれるなんてとんでもない犯罪なのだ。彼は生まれたことが違法、人目を忍んで生きなければならない運命を背負った。なのに、そんな状況なのに、トレバーは好きなように生きて、かつ笑いを振りまいてくれる。そんな彼のせいでこちらまで楽しくなってくる。天才だ。
トレバーも素晴らしいのだが、それ以上に魅力的なのが全編にわたって登場する彼の母親である。アパルトヘイトなん知ったことかと、自分の欲望を満たしながら悠々と生きていく。この親にしてこの子あり。トレバーはこの本で、そんなお母さんのことを書き残したかったんだろうな、ふとそんな気がした。お母さんの生き方も併せて繰返す。この世は自分の好きなように生きられるし、どんな苦境にも笑いの種を見つけることができる。
本書には全部で17編のエピソードが収められている。どれもこれも深刻で面白いが、ぼくはガールフレンドたちとの3つのエピソード「A young man's long, awkward, occasionally tragic, and frequently humiliating education in affairs of the heart, Part I, II, III」がこっそり好きだ。