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これでもかの高揚、そして悲壮 『戦艦武蔵』

      2017/09/16

戦艦武蔵 / 吉村昭 / 新潮文庫
戦艦武蔵 (新潮文庫)

昭和41年の作品、『戦艦武蔵/吉村昭/新潮文庫』をふと手に取った。戦艦武蔵の一生を通じて、それに関わった人間のドラマが克明につづられていた。ズシリと胸に迫るものがあった。

あとがきによれば、この作品の発端は著者が借りた戦艦武蔵の建造日誌だったそうだ。以後、膨大な資料やインタビューなどの調査を経て、戦時中に人間たちが示したエネルギーを閉じ込めるために『戦艦武蔵』が書き上げられた。読者としての僕には、武蔵の周囲に集められたエネルギーがこれでもかと伝わってきた。

本書は、日本海軍最後の戦艦、武蔵の建造から海に沈むまでの史実を緻密に、冷静に紡いだドキュメンタリである。大和ではなく武蔵。日本海軍が運命を託した兄弟艦。その根本的な違いは、武蔵が民間会社(三菱重工長崎造船所)によって建造されたことだ。史上かつてない超巨艦を三菱の技術者たちは底知れぬ技術力を武器に、幾多の困難をこえて完成させていく。全長263m、全幅38.9m、総重量35737トン、鋲の数540万本、溶接長26kmという前代未聞の巨大艦を造り上げて行く技術者たちから熱気がほとばしる。高揚感、そして悲壮感。その間4年超。

ここで本を閉じれば、壮大なプロジェクトXで終わることができる。だが話は当然まだ続く。建造時の熱気と対比させるかのような就役後の無力感ただよう場面へと。

武蔵(そして大和も)も海戦ではほとんど無力だった。ただしそれは航空兵力に抗しきれなかった大艦巨砲主義と揶揄されるような図式だけではなかったようだ。武蔵は戦おうにも動けなかったのである。これほどの巨艦を動かす重油がなかった。したがってこの貴重な兵器を温存し続け、最終的に負け戦に投入したのである。果てしなく繰り返される空襲と悲壮なまでに交戦し、そして壮絶な最後。武蔵が、大和が活躍できる場を与えられていたら戦局は変わっていたもしれないと思わずにはいられなかった。

加えて、この物語の終わりに武蔵と最後を共にした猪口艦長の遺言が記されている。艦長の遺書なるものを僕は初めて読んだ。艦を沈めたことへのお詫びとこれまでの感謝。しかしそれだけではない。いやそれ以外のことに多くの文面が使われている。武蔵での戦いで得た教訓、反省がめんめんとつづられている。次の戦いに向けて何をなすべきなのかが。これから死に臨む人間とは思えない冷静さ。気高さと言えるかもしれない。涙があふれてきた。

何の気なしに読み始めた44年前の一冊に感動できる。読みそびれている本はどれほどあるのだろうか。

 - 小説, 読書