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女王もつらいのだ『働かないアリに意義がある』

      2017/09/16

働かないアリに意義がある / 長谷川英祐 / メディアファクトリー新書
働かないアリに意義がある (メディアファクトリー新書)

認識されているだけで200万種とされる地球上の生物の中に、ほんのわずか「真社会性生物」と区別されているものがいる。ハチやアリといった膜翅目なんかが代表格で、繁殖を専門にする個体(例えば女王バチ)と労働を専門にこなす個体(例えば働きバチ)からなる集団を作って生きている。本書はそんな真社会性生物の生物学、特に進化生物学にまつわる入門書。タイトル、さらには文中で人間社会とのアナロジーが引き合いに出されていることから、パレートの法則などとからめてビジネス書のように読まれる向きもあるようで、読み方は人それぞれでいいんだけれど、ハチやアリのお話として読むだけで純粋に面白い。

まずタイトルにもなっているように、7割ほどのアリは巣の中で普段なにもしていない。これは、アリごとに「反応しきい値」、そろそろ働かんとあかんなあとヨイショと上げる腰の重さ、に分布があるため。それが証拠に、非常事態になるとそれまでブラブラしていたアリたちも働き出す。こんな仕組みの方が社会を持続させるのに都合が良い。

さて、本書の読みどころはここから、ハチやアリのような真社会性生物がなぜ進化してきたのかという大問題についてなのである。なぜ大問題なのか。

生物進化の大原則に「子どもをたくさん残せる性質をもった個体は、その性質のおかげで子孫の数を増やし、最後には集団の中には、その性質をもつものだけしかいなくなっていく」という法則性がある。ところが真社会性生物は、女王バチ(アリ)だけが繁殖を行い、いわゆる働きバチ(アリ)は繁殖をしないので、この法則とは矛盾する性質が進化してきた生物、ということになる。言い換えれば、働きバチ(アリ)は自分の子孫を残せないのに、なぜせっせと女王バチ(アリ)の世話(利他行動)をするのか。これにはダーウィンも悩んだ。

この問題対を、ハミルトンは「血縁選択」という説でもって解いた。利他行動が同じ遺伝子を持つ個体の繁殖成功を高くするのであれば、利他行動を受ける個体が多くの子孫を残すことによって、合計ではその遺伝子の頻度は増えていく可能性があるという説だ。ハミルトンはこれを

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b:相手(女王)を助けることによって相手の産む子どもの数が増える量(benefit)
r:自分と相手とが遺伝子を共有している度合い、血縁度(relatedness)
c:相手を助けなかった場合に自分が産める子どもの数の変分(cost)

と定式化した(ハミルトン則)。すなわち、利他行動を受ける個体の利益に血縁度で重み付けしたものが、利他行動を行う個体が被るコストを上回るとき、利他行動が進化すると予測できる。

話はさらにややこしい。ハミルトン則を理解するためには、膜翅目の性決定様式を知る必要がある。ヒトを含め大多数の生物は「倍数倍数性」という性決定様式を有している。ところが膜翅目は「単数倍数性」と呼ばれる特殊な性決定様式をもっている。倍数倍数性の場合、娘や息子が母親の遺伝子を共有している度合い(血縁度)は1/2なのだが、単数倍数性の場合、娘から観た妹の血縁度は3/4となる。働きバチにとっては、オスと交尾して自分の娘を残すよりも、同じ数の妹を育てたほうがたくさんの遺伝子(血の濃い子孫)を残すことができる。すなわち進化できる。

さて、この血縁選択説が本当に正しいのかどうかはわからない。これ以外に「群選択」という説もある。そもそもなぜ単数倍数性なのかはとんとわかっていないのだけどね。著者はその辺も正直に語っていて親切です。

このように、ハチやアリたちの生きる様を、本書はわかりやすく面白く教えてくれる。そしてつらつら考えさせられるのである。たとえば、女王バチ(アリ)はつらいなあ、などと。「女王」なんて勝手に付けられているけれど、実態は産卵特化マシンなのだ。娘たちから「ほら、もっと私たちの妹を産みなさいよ。トロトロしてんじゃないわよ」なんて言われてるんだよ。女王はつらいのだ。なんかおかしな感想に行き着いてしまったな。

 - 自然科学・応用科学, 読書