幸せになるたった一つの方法 『国のない男』
2017/09/16
今、顔から火が出そうである。「幸せになる…」なんて、自己啓発系はたまたスピリチュアル系を予感させる安直なタイトルをつけてしまったから。でもあれこれ考えた末なので自業自得、がまんする。
そのたった一つの方法は『国のない男』の中にある。カート・ヴォネガット83歳のエッセイ集にして遺作。ぼくはヴォネガットのふんわりとしたファンで、小説は3作しか読んでいないけれど、どれも涙を浮かべながら笑った口だ。残酷でもある真実をジョークに包んで語りかけものだから心酔してしまう。で、この本を買ったのにはわけがある。その1カ所を読みたくて読みたくて、そして手元に置いておきたかったから。そして、この記事はそれを紹介するためだけに書いている。
余計な前置きが長くなりすぎた。いよいよその方法を紹介する。ヴォネガットが慕うアレックスおじさんとの一こま、そのまま抜き書き。
おじさんの、ほかの人間に対するいちばんの不満は、自分が幸せなのにそれがわかっていない連中が多すぎるということだった。夏、わたしはおじといっしょにリンゴの木の下でレモネードを飲みながら、あれこれとりとめもないおしゃべりをした。ミツバチが羽音を立てるみたいな、のんびりした会話だ。そんなとき、おじさんは気持ちのいいおしゃべりを突然やめて、大声でこう言った。「これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」
だからわたしもいま同じようにしている。わたしの子どもも孫もそうだ。みなさんにもひとつお願いしておこう。幸せなときには、幸せなんだなと気づいてほしい。叫ぶなり、つぶやくなり、考えるなりしてほしい。「これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」と。
人間主義者ヴォネガットの真髄だろう。ぼくも年をとってきて、近頃ようやく幸せを少し理解できるようになってきたようなので、なおさら心に響いたのだと思う。
この段落は本書の後半に登場する。それまでとうとうとシニカルなヴォネガット節を聞いた後で(もちろんそれも楽しいのだけれど)、ひょっこりこんな穏やかな場面が現れると余計にじんわりと胸にしみる。
ちなみに、もしヴォネガットに興味を持たれたら、最初に手に取るのは『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』あたりはいかがかと。
野暮な後書きも長すぎたね。