逃げて悪いか 『沈黙のフライバイ』
2017/09/16
SFってScience Fictionの略のはず。なのに巷で目につくようなSFを謳っている小説の多くに、scienceがあるようには思えないのだ。スペースオペラであったりファンタジーであったり、それらのジャンルを否定するつもりは毛頭ないが、もしSFを名乗るのならscienceが必要でしょう。小生はコアなSFファンではないので、一般的なエンタテイメント好きにはそう感じられるということ。何万光年もの距離を瞬間移動しながらSFなんて言っちゃいけませんよ。
さて、小生にとっての野尻3冊目となる『沈黙のフライバイ』は“SF”短編集。ここでSFにダブルクォーテーションをつけたのは本当にSFという意味。SFマガジンなどに初出されたものの再収録4作、書き下ろし1作の5作品が収録されている。どの作品もscienceを味わえるおいしい短編だが、中でも特に気に入ったのは『ゆりかごから墓場まで』と『大風呂敷と蜘蛛の糸』。
『ゆりかごから墓場まで』は、画期的な保護服の物語。この保護服は太陽光+閉じた生態系となっていて、これさえ身に付ければ太陽光がある限り大抵の環境で生命が維持されるのだ。装置(服)の名前はC2G(この名前もかっこよい)。これを着てどこへ行くのか、そこには何が待ち受けているのか…、お楽しみ。
『大風呂敷と蜘蛛の糸』では、女子大生が自分の発想したプロジェクトを推し進め、体一つで宇宙に飛び出していく。成層圏を飛び出し、中間圏へ。明日にでも実現しそうだと思わせる技術描写がたまらない。そしてSFでありながら青春小説なのだ。
全作を通じて、「こういうシチュエーションって、近い将来現実に起こるよな」と思わせる野尻抱介のお話ぶりはすごい。