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ド真ん中の変化球 『四度目の氷河期』

      2017/09/16

小さな町に母親と二人で暮らすワタルは、幼いころから周囲の冷たい目を感じていた。よそ者だから?父親がいないから?容姿がフツーじゃないから?だいたいワタル自身でも、自分が何者なのかがわからない。拠り所を求めて父親捜しをするワタルは、自分の父親が約1万年前の第四氷河期に生きていたクロマニヨン人だという結論に到達する。それがわかればもう大丈夫だ。自分がフツーじゃないのは当然なのだ、クロマニヨン人の息子なのだから。

文庫化を待ってましたとばかりに読んだ『四度目の氷河期』、クロマニヨン人を父に持つ少年の物語、と聞けばSFかファンタジーかと思いきや、正当派の青春物語、成長物語、そして父と子の物語だった。数々の逆境を潜り抜け、たくましく成長していく姿をワタル本人が語る約18年間の大ストーリーに、おじさんでも目頭が熱くなってしまった。

読み終えて、本作の魅力を表現する二つのフレーズが頭に浮かんだ。その一つ目は、「ド真ん中の変化球」だ。荻原浩は見たこともない変化球を投げ込んでくる。読者は一瞬どう対処すればよいのか迷う。しかしそのボールは、あろうことかド真ん中に入ってくるのだ。読者は変化球に翻弄されつつも、ド真ん中の好球をスコーンと打ち返すことができる。大飛球を放った感触、これがむちゃくちゃ気持ちいい。文庫本の解説で、北上次郎氏は「ひねり」と表現している。おそらく同じ感覚なのだろうと思う。

二つ目は、「屈託のなさ」。物語中には苦難がこれでもかと登場するのだが、ワタルを筆頭に母親もサチもトラも、登場人物たちははそれらを堂々と乗り越えていく。疎外やいじめ、DVなどなど、その内のどれ一つを取っても、そこに留まって深刻に書こうと思えば書けるのに、荻原浩はそんなことはしない。足早に次の場面、次の場面と語りを進める。重たい状況を提示されても、この屈託のなさに救われた。

荻原浩を読んだのは『なかよし小鳩組』に続いて今回が2冊目。どちらのときも、読み終わったとき笑顔になっていた。

四度目の氷河期/荻原浩/新潮文庫
四度目の氷河期 (新潮文庫)

 - 小説, 読書