達意の文章に個性は要らない 『日本語作文術』
2017/09/16
書くことは難しい。独りよがりの文章ならなんとでもなるけど、人に読んでもらうために書こうとすると途端にハードルが高くなる。だからついつい『日本語作文術/野内良三/中公新書』なんてタイトルを見ると食指が動いてしまうのだね。
本書は「達意の文章」を目指す指南書。自分の考えていることをいかに的確に読者に伝えるか、という1点に主眼を置いている。だから世に言われる名文や味のある文章―いくつかの『文章読本』なんかで取り上げられる文豪たちの文章―はお呼びでない。さらに、文章を書く際の重要な要素、「何を書くか」と「どう書くか」のうち、前者は人それぞれなのでこの際不問だ。しかし後者は一般論が成り立つはずで、それが著者の主張の拠り所となっている。
内容は至極もっとも。言われてみれば僕が文章を書くときに気をつけていることも多い。ただそれらが、従来まことしやかに顔を出す心得に、真っ向異を唱えるからインパクトがある。
たとえば、皆さんはこんな心得を目にしたことがあるはずだ。
- 書き出しに気を配れ
- 起承転結にのっとって書け
- 品位をもて
- 常套句を使うな
- オノマトペを使うな
- 記号を使うな
などなど。野内氏はこれらをズバズバ斬って捨てる。
中でも常套句はレトリックの基本だと礼賛している。世間で共通に認識されている言葉を使えば、それだけ達意の精度が上がることにつながるのだろうの。著者は身に付いた常套句(定型表現)を片っ端から集めるということを実践している(その一端を、第4章で披露してくれている)。
常套句を使うと、文章に個性が無くなる、陳腐になるなどと言われているし、そう思いがちだ。しかし、個性なんてものは分かりやすい文章が書けるようになってからの話。それもおまけだ。「型破り」という言葉がある。一度型を身につけて、それを破らないと意味がない。
他にも「は」と「が」の区別、句読点「、」の使い方、修飾語の置き場といった文の要素から、文章の構造となる段落の組み立て方まで、こと細かに論じている。
以上述べてきたように、本書は「日本語」を「作文」することに不安を感じる方にとっておあつらえ向きの参考書ではなかろうか。
とここまで書いてきて、僕は冷や汗たらたらなのだ。その理由はお察しがすつだろう。僕のこの文章が「達意の文章」になっているかがずっと気がかりなのだ。自分のことを棚に上げているのだ。やはり書くことは難しい。