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『「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー』青木監督のスゴすぎる5つのセオリー

      2017/09/16

「弱くても勝てます」開成高校野球部のセオリー / 高橋秀実 / 新潮社
「弱くても勝てます」: 開成高校野球部のセオリー

開成高校野球部がなんだか強いらしい。あの東大合格者数1位の開成高校がである。平成17年の全国高校野球選手権大会の東東京予選ではベスト16にまで勝ち進んだ。4勝1負。その4勝のうち3つがなんとコールドゲーム。何も知らなければ“1回戦でボロ負けしてんだろうな”と想像してしまうチーム(ごめん)がベスト8目前なのだ(それも激戦区東京で)。

なんでそんなに強いのか。本書は学校での取材を通してその秘密を探った一冊。そして開成高校野球部へのエールでもある。

著者がはじめて練習を見に行ったときの感想が、まずこれだ。

練習を眺めていてふと気がついた。
下手なのである。
それも異常に。

予想通り、やはり下手なのだ。でも勝つ。興味津々。驚きの頭脳プレイがあるのか?秘密を知りたくなるなあ。それはね、と露骨に書いちゃうとネタばれ甚だしいので、ここでは監督、青木秀憲氏にこだわってみたい。

開成高校野球部、平成11年に青木監督が就任するまでは公式戦で勝つのが4、5年に一度、夏の予選も甲子園出場どころか1回戦で勝つことがずっと目標だったそうである。やはり想像どおりだったのだ。しかし裏を返せば監督の手腕が尋常ではないということ。著者の取材によって、青木監督独自の「弱くても勝てる」セオリーが語られる。そこまで手の内明かして大丈夫なんか?と心配になるくらい披露しちゃってる。それら一つひとつにいたく感心させられるので、ザックリまとめてみる。

1. 常識にとらわれない

青木監督は世の常識に惑わされない。野球とは何ぞや、というところから独自の意見を持っている。それは、「野球に教育的意義はない」である。この背景には高校野球を取り巻く昨今の風潮がある。今、高校野球関係者(もちろん選手たちも)が頻繁に口にするのは、「感動を与える」「笑顔で楽しくプレイする」「絆を深める」などなど。野球は心や連帯感、もっと言えば「愛」を育む教育の場なのだ。しかし青木監督にとって、野球はやってもやらなくてもいいこと、はっきり言えばムダ。学校教育の通念に逆らい、甘いムードに流されない信念がすごい。

野球はムダだけれど、ゲームなので勝つことは大事。だから勝つためには野球のセオリーも疑う。守備を重視する、強打者は4番、送りバントでランナーを進めて固く1点を取る、なんて無視。なぜか?このような普通の定石は、拮抗する高いレベルのチームどうしが対戦する際に通用するものなのだそうだ。そんなことをしていたら弱いチームは絶対に勝てない。普通にやったら勝てるわけがない。常識的なセオリーをその意味から考え直し、常識を破る姿勢がすごい。

2. 「勝つためには」を論理的に考える

普通にやったら勝てないのだから、勝つにはどうするかを考える。それも論理的に。
守備というのは案外、上手い下手で結果に差が出ないそうだ。試合が壊れない程度に運営できる守備力は必要だが、いわゆるファインプレイなんてのは1試合に1度2度あるかないか。言われてみればその通りで、そんなレアな状況を想定する必要はない。

勝つためには点を取らなければならない。取られる以上の点を。よって打撃を重視する。それもせこい打撃は有効ではない。バットを短く持ってセンター返し、なんてもっての外である。打撃で大切なのは球に合わせないこと。タイミングが合うかもしれないし、合わないかもしれない。でも合うということを前提に思い切り振る。ドサクサにまぎれて大量点を奪う。考え抜いた末、勝にはにはこれしかないとあみだした戦法がすごい。

さらに、普段グランドでやるのは『練習』ではないのだとか。なぜなら、『練習』という言葉は、同じことを繰り返して体得する、という意味だから。限られた練習時間でそんなことしている余裕はない。では何をするのかといえば『実験と研究』だそうだ。仮説を持って行動し、その結果を見て次の行動を工夫する。反服はいらない、常に考えた改良あるのみ。

3. 目標を明確にする

複雑な野球、小賢しい野球はしない。目標は単純軽快『思い切り打って飛ばす』だ。なんとシンプルな、野球の原点とも言える目標だ。
そしてその結果目指すものはもちろん愛、なわけない。強豪校を撃破すること。この目標は生徒たちに染み込んでいる。予選大会に望む彼らの抱負、決意は、
「プロ注目の投手と対戦し、力を入れている打撃をぶつけて打ち崩したいです」
なのだから。いいねえ。野球はこうでなくちゃ。
わかりやすく明確な目標がすごい。

4. リソースを集中する

開成高校野球部がグランドで練習できるのは週1回、それも3時間ほど。限られた時間を何に使うか。打撃練習に特化する。バント練習なんてしない。思い切り振り切る練習にほとんどの時間をあてる。限られた時間でできる最も勝ちにつながることをする。レバレッジと言い換えてもよいかも。

5. 選手を動かす

以上のように青木監督は「弱くても勝てる」方法を考え抜くのだが、実際にプレイするのは生徒たちだ。ところがこの生徒たちを動かすのが難しい。なんせ彼らは開成高校の生徒なのだ。
「苦手と下手は違うんです」
「ピッチャーだけは受け身じゃないんです」
「僕たちは油断ではなく、なめられているんです」
「みんな声出しを理解してないんです。声を出すのは雰囲気がよくない時に気持ちを盛り上げるため。盛り上げるための声出しであって、盛り上がっている時に盛り上がるのは観客のスタンスです」
単語の定義にまでこだわって、こんなことを当然のように言い放つ理屈っぽい生徒を動かすにはどうするか。理屈で動かすしかないのだ。だから青木監督はやるべきことを全部理屈で教えなきゃいけない。そしてそうしている。

例えば、打球を捕るという当たり前のことでも、球を捕るという行為にはふたつの局面があること、ひとつは球を追いかける局面でもう一つは球を捕る局面であること、などと解析しながら身体の動かし方を頭で理解させる。いかにも開成らしい指導を根気強くつづけるのがすごい。

こんな監督だからこそ、「弱くても勝てる」チームが作れ、帝京や関東一や国士館なんかと勝負できるのだなあ。

最後に、OBが寄せた、なんとも開成OBらしい応援コメントを。

「東大が六大学で優勝するより、開成が甲子園に出るほうが先になる可能性が高い」

快著!

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