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自分と文学との関係を考えるいいきっかけになった 『『こころ』は本当に名作か』

      2017/09/16

『こころ』は本当に名作か―正直者の名作案内 / 小谷野敦 / 新潮新書
『こころ』は本当に名作か―正直者の名作案内 (新潮新書)

反主流を標榜するタイトルに興味を持ったので、『『こころ』は本当に名作か 正直者の名作案内/小谷野敦/新潮新書』を読んでみた。主に古典を中心に、著者ならではの名作を論じている一冊。恥ずかしながら『こころ』を読んでいないので、僕の場合、へーっ、『こころ』って名作だったんだ、という段階からスタートするのだが。

本書では、著者が一般的評価にとらわれずに選んだ是非とも読むべき名作=キャノンが紹介されている。『源氏物語』を筆頭に、シェイクスピアやホメロスの作品群、『ドン・キホーテ』、『南総里見八犬伝』などなどだ。
返す刀で『こころ』『カラマーゾフの兄弟』、近松、芥川、三島などがばっさりと切られる。

導入部で著者は、文学の良し悪しは「好き嫌いの問題に帰着せざるをえない」としているし、ある作品が面白いか否かは「個々人の趣味嗜好の違い」とも言っている。世間の評価を鵜呑みにする必要ははないよ、正直に分かる(面白いと感じる)ものが自分にとって名作なんだよ、ということだ。なるほどそのとおりだろうと僕も思う。だから小谷野氏の唱える名作もまったく気にしなくてよい。
なわけで、本書は自分と文学との関係を考えるいいきっかけになった。以下、つらつらと頭に浮かんだことをメモ。

子供の頃、「国語」「現国」「古文」の授業を面白いと感じたことはない。嫌いというのとは違う。無関心だったのだろうと思う。「数学」「物理」を面白いと感じることはままあった。僕の目には「数学」「物理」は美しく写ったが、「国語」は美しくはなかった。こう書くと理系のように見えるが、自分ではどうなのか今でもよくわからない。まあ、理系と文系とを対極にすること自体ナンセンスな気もするし。
ただ、このような嗜好がどこに組み込まれているのだろうか?興味がある。

恐るべきことに、小谷野のリストアップするキャノンを僕は一切読んでいない。全滅。いかに文学と無縁の生活をおくってきたのかがわかった。
見たことがあるのは『源氏物語』くらいで、それは古文の教科書でだ。冒頭の「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかにいとやむごとなき際にはあらぬがすぐれてときめきたまふありけり」は暗記した。
里見八犬伝は読んでいない。NHKの「新・八犬伝」は夢中で見た。玉梓が怨霊。坂本九さんの語りも素晴らしかった。

ところが一方、本書で疑わしい「名作」とされているものはいくつか読んでいる。
夏目漱石は半数くらい。わからないところもあるが、僕は好きだ。明治の知識人ってこんなんだったのかねえ、と思わせてくれるのが楽しい。
『カラマーゾフの兄弟』は読んだ。かなり面白かった。ただしミステリ小説として。
芥川龍之介も何作か読んだことはあるが、これは僕にもパッとしなかった。

僕にとっての名作は、古典とは程遠いけれど『太郎物語』『吉川三国志』、『スイート・ホーム殺人事件』を筆頭としたクレイグ・ライスの諸作品。自分が生きている瞬間の状態と作品とがカチッとはまったとき、それが名作になる。

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