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香気を感じるなあ 『私を変えた一言』

      2017/09/16

私を変えた一言 / 原田宗典 / 集英社文庫
私を変えた一言 (集英社文庫)

時折無性に何か書きたくなる性分で、こうやって駄文を書いているわけだけれど、そんな僕なので「ああ、俺もこんな文章が書けたらいいなあ、うん、書きたい」と敬愛する作家さんたちがいる。特に軽妙なエッセイスト、昔々なら椎名誠や東海林さだおの文章が好きだったし、向田邦子さんの文章なんて、恐れ多くて真似などできるはずもないと思わせるほど憧れた。
そんな憧れ作家の一人、いや筆頭とも言っていいのが原田宗典だ。『スメル男』を皮切りに、特にエッセイにどっぷり惚れ込んだ時期があった。マイ原田ブームである。なんでこんなに夢中になって読んでしまうのかと不思議に思うくらい原田宗典を読みふけったものだ。

そんな頃から少し時間が空いてしまったが、久しぶりに『私を変えた一言/原田宗典/アクセスパブリッシング』を味わった。やっぱり文句なしに素敵だった。

タイトルずばり、原田氏が大いに影響を受けた言葉にまつわるエッセイ集。どんな言葉が載っているのか、いくつか拾ってみよう。

  • 好奇心が足りませんね ―元国連難民高等弁務官 緒方貞子の一言
  • テメエは大馬鹿ヤロウだ ―評論家 小林秀雄の一言
  • 御大切 ―島原 隠れ切支丹の一言
  • どうだ、元気か? ―三女 辰子への武者小路実篤の一言
  • 乗っていっていいよ ―ガソリンスタンド 「坂本商事」のご主人の一言

ありきたりの「名言」ではない。原田氏に近しい方たちが発した「名言」をも掘り起こしている。
一言ひとことを見ただけで、なんかいい感じだなあと思うのだが、それにエピソードがついて文章になると、これらの言葉が一層膨らんで、得も言われぬ香気を放つのである。中でも「御大切」なんてストンと腑に落ちた。「御大切」って「LOVE」の和訳なんだよね。それぞれの一編を読み終えると、本当にこの一言が原田氏を変えたのかもしれぬなあと納得させられる。そのおこぼれにあずかって、自分もなんか少し変われたような気になってくる。

本書を読んでいる最中、原田氏の書くものは、例えばパンのようなものではないかとふと思った。パンの生地は、それだけじゃおいしくもなんともない。生地が膨らんで焼きあがると、元からは大変身した美味になる。原田氏の場合、パン生地は「経験」だ。作家さんだからと言って突拍子もない奇抜な経験でもない。むしろ日常的に訪れる経験を、原田氏はこねて発酵させて、焼いて読者に提供する。それもとびきり腕の立つパン職人なのである。できあがったパンは絶妙の風合いなのである。

 - 小説, 読書