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フレネル、世界の海を照らす 『灯台の光はなぜ遠くまで届くのか』

      2017/09/16

19世紀初頭、オーギュスタン・ジャン・フレネルは文字どおり人々に光を与えた。その光は、はじめ海に向けられていたが、今や世界を照らし出している。
なーんてちょっと気取って書き出してみたくなった。『灯台の光はなぜ遠くまで届くのか 時代を変えたフレネルレンズの軌跡 / テレサ・レヴィット(岡田好惠 訳)/ ブルーバックス』で、フレネルに心酔してしまったものだから。

フレネルは1788年、フランス生まれ。病弱で、39年という長くはない生涯の中で、偉業を成し遂げ、輝かしい人生を生きた。彼の何がそんなに素晴らしいのか。

まず、それまでにない、画期的な光学レンズを発明、製造した。彼の名を冠してフレネルレンズと呼ばれる。同心円状の領域ごとにのこぎり状の断面を持ち、分厚いレンズと同じ高屈折率なのに極薄のレンズ。それまで暗く危険な場所だった海を明るく照らし出すために、灯台の光をより遠くまで届けるために開発した。当時の灯台は反射鏡を使っていて、光は海岸から数kmしか届かなかった。ところがフレネルレンズは60km以上先からも見えた。信じられないくらいの明るさで海を遠くまで照らすことに成功した。夜の海を明るく安全な場所へと変貌させたのである。船乗りたちの多くの命を救うこととなった飛躍的な発明、それがフレネルレンズ。

これだけだと、単なる発明家のように聞こえるのだが、実はフレネル、超一流の物理学者なのである。
光は粒子か波か、ニュートン粒子説vsホイヘンス波動説、17世紀以来論争されていた物理学の大問題。フレネルの時代、ニュートンの名声でもって粒子説が圧倒的だった。そんな中フレネルは、数学理論と実験とで光が波であること、それも横波であることを証明して見せた。ニュートンに反旗を翻し、その支持者たちをギユッとねじ伏せたのである。その後、光は粒子と波の両方の性質を併せ持つ量子とされ現在に至る。

さて、フレネルレンズの開発は、世の中に多大な影響をおよぼしていく。19世紀、フレネルレンズが設置された灯台が建つと、航海の安全はもちろん、そこはたちまち新たな交易の拠点となった。人が集まり、物が集まった。フレネルレンズのおかげで、海上輸送と世界貿易は爆発的な伸びを見せ、世界のグローバル化を導いた。

そしてフレネルレンズは、灯台の光に留まることはなかった。舞台用の照明灯、交通信号、車のヘッドライト、シート型の拡大鏡(シートレンズ)、太陽光発電機などなど、フレネルレンズの原理はさまざまな光学装置に応用され、今も重要な場面に生き続けている。

科学的にも社会的にも、これでもかと言わんばかりに近代化を導いた人、それがオーギュスタン・ジャン・フレネルだった。

なお、本書はいつものブルーバックスとは少々趣を異にする。ガチガチの理系解説本でなく、科学、工学さらに人間が相まって、読みやすいノンフィクションとなっている。それもそのはずで、著者テレサ・レヴィットはMIT物理学学士、アイオワ州立歴史学修士、ハーバードPhDを持つ現在歴史学の準教授。
最後、くどくなるかもしれないが、著者によるフレネル賞賛の言葉で締めくくろう。

オーギュスタン・ジャン・フレネルは、19世紀の世界で、もっとも輝かしい科学的業績を残した物理学者の一人である。小柄で、繊細で、病弱だったが、誰よりも優れた頭脳と強靭な精神を持って、海というてごわい自然に挑戦した。その結果、19世紀の終わりまでには、フランスの全灯台にフレネルレンズが装備されることになった。
フランスの灯台には必ずフレネルの胸像が置かれている。高い額をもつその顔は常に、彼の発明によるレンズが照らし出す海岸線を見つめている。

灯台の光はなぜ遠くまで届くのか 時代を変えたフレネルレンズの軌跡 / テレサ・レヴィット(岡田好惠 訳)/ ブルーバックス
灯台の光はなぜ遠くまで届くのか 時代を変えたフレネルレンズの軌跡 (ブルーバックス)

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