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国語はこうしてできた 『日本語を作った男』

      2017/09/16

「蝶々はテフテフて書くて教わったんやで」子供のころ母親によく聞かされた。「テフテフ」という文字を見て、それを「ちょうちょう」読めるとはちょっとした驚きだった。けったいな話やな、と。その意味がわかったのは少し大きくなってから、かなの書き方が昔と今とで違うということを知ってからだ。

現代仮名遣い

ぼくたちが今使っている日本語は昭和21年に作られた。「現代かなづかい」と「当用漢字」、仮名遣いと漢字が刷新された。仮名遣いは昭和61年に「現代仮名遣い」として改定されているが、これはマイナーチェンジだ。この年を境に学校で習う国語が違う。今では現代仮名遣いが圧倒的に広まっているが、ぼくが学校に入ったころはその前の歴史的仮名遣ヒがまだ多数だった。日本語が新しくなったのは、ぼくにとってそれくらい最近のことだ。

昭和21年11月「現代かなづかい」が告示された。これは敗戦の翌年なので、日本語が変わったのは占領軍の仕業だとか思われがちだが、そうではない。なぜなら明治時代に日本語を新しくしようとする流れが官の中にもあって、さんざん研究、議論されていたからだ。言文一致、新仮名遣いを目指したその動きは、実現にあと一歩のところまで来て頓挫してしまう。その辺の話が『日本語を作った男』には事細かに描かれている。これを読むと、明治に敗北の憂き目を見た新仮名遣い派が、戦前の日本を捨て去ろうとする機を逃すまいと活動したのだろうことは察しがつく。「現代かなづかい」の実現に尽力した保科孝一は、明治期憂き目を見た上田万年の弟子なのだから。

『日本語を作った男』

『日本語を作った男』は冒頭、森鴎外(オウグワイ)の演説で幕を開ける。はじめは何のことだかわからないのだが、以降そこに至るいきさつが寄り道を重ねながら続き、最後に冒頭に辿り着く。維新後から明治41年までの日本語、国語を取り巻く、ふつふつと沸き立つ様子が詰め込まれているのだ。国語の成立に邁進した日本初の言語学者上田万年の活躍と彼が学んだ言語学。「日本語をどう描くか」漱石、鴎外はもちろん、藤村、逍遥、緑雨など明治の文筆家の試行錯誤。新聞、雑誌、出版界の様子。大学の変遷、留学事情。速記法の開発、はたまた円朝のおいたち。登場する人物は250人をこえるそうだ(数えてはいない)。

当時、日本語に関する様々な主張が湧き起こっていた。日本語を新しくしようとする中には上田万年が代表する標準語・新仮名遣い派、かな書き、ローマ字書きを掲げる漢字廃止派。新しい変える必要なぞ金輪際ないとする守旧派ももちろんいた。主張を持って飛び回る彼らを読んでいると、明治の熱気が伝わってくる。
「国語とは何か」を知るには本書で充分だ。そしていろんなことが頭に浮かんでくる。

こんなことが浮かんだ

例えば仮名遣いに話を戻すと、現代仮名遣いを疎ましく思い、歴史的仮名遣ヒの正当性を訴え、使い続ける人は今もいる。
現代仮名遣いの立場を乱暴に言ってしまえば、このほうがわかりやすいし便利だし充分でしょ、ということだ。一時期現れては消えた「円周率は3で充分でしょ」に似ている。彼らにしてみれば現代仮名遣いは伝統的な日本語を正しく表記していないまがい物と映るのだろう。その気持ちもわからなくはない。しかし一方で、伝統を守ることがそれほど大事なら当然天保歴や十二刻を使っているんだよね。都合のよいところだけつまみ食いしてるんじゃないよね、と言っておく。

さはさりながら、現代仮名遣いが中途半端で気持ち悪いのも事実だ。記事の最初に登場したテフテフ、現代仮名遣いでは「ちょうちょう」と表記する。でも、あのヒラヒラ飛ぶ昆虫を普段なんと呼んでいるか。たいていの人は「ちょーちょ」だろう。高校は「こーこー」だ。発音により近くかなで書こうとすれば、長音符「-」を多用しなければならないが、現代仮名遣いではそうなってはいない。この点は明治33年の『尋常国語読本』がすでに採用している。

例えばローマ字化。明治初頭から「漢字を捨てローマ字を使おう」と言う人は大勢いた。古いところでの代表格は森有礼、近いところでは梅棹忠夫。ローマ字を使う方が合理的であるという彼らの主張は、今となっては正しかった。キーボードを叩くとき、ローマ字入力派が多数だろう。いっそのこと新仮名遣いをローマ字入力して、旧字、旧仮名遣いに変換すれば大方の主張が叶うことになる。夢のような状況が実現した。技術開発って素晴らしい。

例えば方言。明治時代、国家を一つにまとめるために国語(標準語)が必要だった。出身地が違えば通じない方言では不便極まりない。方言には「地域」「身分」があると書かれていた。今やっかいなのは「世代方言」だろう。おじさんであるぼくは、若い人たちの言葉がわからない。

『日本語を作った男』から取りとめもないことを考えた。読み応えあり。著者は中国および日本の文献学を専門とする大東文化大学准教授。

日本語を作った男 / 山口謠司 / 集英社インターナショナル
日本語を作った男 上田万年とその時代

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