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セーラー万年筆『あかねぞら』はなぜ「秋」なのか

   

あかねぞら

セーラーの『あかねぞら』を手に入れた。全面鮮やかな赤軸の万年筆。ここのブログ記事なんかを推敲する際、プリントアウトして赤で書きこむことが多くて、いつもはボールペンを使っているのだが、たまに、万年筆の方がかっこいいなと憧れたりする。赤インクを使うなら、1本それ専用にした方がよかろう、インクが混ざるといかんからな、新調するかなあ、などとぼんやり思い続けていた。

そんな折、先日出席した結婚披露宴の引き出物カタログ(最近多いね)をパラパラめくっていたら、真っ赤な万年筆が目にとまった。それが『あかねぞら』だった。赤インク用に赤い軸を選ぶとはなんのひねりもない。すこぶる短絡的である。恥ずかしい、というよりむしろ清々しい。

手元に届いた『あかねぞら』は、なかなかいい色合いだった。ペン先はステンレスで、カリッカリッと硬めの書き味が推敲にはかえって小気味よい。いい選択だったんじゃね、と自己満足しつつ、ここでふとネーミングが気になった。

この『あかねぞら』は四季彩シリーズという四季それぞれをあしらった4種類の一つで、秋をイメージしたものだ。ところが、「あかねぞら」と「秋」とはそう簡単にはつながらない。『あかねぞら』は短絡的ではないのである。

「あかねぞら」という語、広辞苑には載っていない。「茜色に染まった西の空」という意味だそうだが、茜色の空は秋とは正式には関係ない。その証左に、レミオロメンに『茜空』という曲があって、これは春の歌なのだ。藤巻亮太にとって「あかねぞら」は春のイメージなのである。
そもそも赤は夏の色である。朱夏(五行思想だけどね)。秋は白。

とはいえ、茜色を秋と結び付けたい気持ちもわからなくもない。紅葉ということもある。また、赤い空といえば夕焼けだ。夕焼けはときとして秋を連想させる。たとえば童謡『夕焼小焼』。二番の歌詞に「まあるい大きなお月さま」とあるように、これは秋の歌だろう。たとえば『赤とんぼ』。出だしから「夕やけ小やけの赤とんぼ」とこれも秋の歌だ。夕焼けが秋っぽいというのは、風情としてあり得るかもしれない。「秋は夕暮れ」ということもあるし。あかねぞら→夕焼け→秋、そういうところか。

ただし、このつながりもすっきりとはしない。残念なことに、「夕焼け」はれっきとした夏の季語なのんだなー。

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