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『インドで考えたこと』西欧を介さないアジアになる

      2017/09/16

やはりインドはすごいところだ。あの堀田善衛を唖然とさせ、辟易させる。インドはとんでもなく広い、暑い、貧しい。飯はまずいし人はうるさい。もうお手上げなのである。
しかし当然ながら堀田ともあろう人がお手上げで終わるはずはない。そこからむくむくと頭が動き出す。むしろ手に負えないところに身を置いてしまったからこそ余計に考える。感じる。インドのこと、アジアのこと、日本のこと、そして未来のこと。

『インドで考えたこと』は1957年に刊行された思想旅行記。前年デリーで開催された第1回アジア作家会議に日本代表として参加した堀田善衛が、インドに2カ月間の滞在中、アジア各国の作家たちと語り合い、各地を訪問して得た思索の記録だ。インドはアジア――西はトルコから東は日本まで、北はロシアから南はインドネシアまで――のど真ん中。アジア全体が見渡せる。そこには無辺際、無限定な空間、時間が広がっていて、著者の思考はさまざまな方向へ伸びていく。自然、宗教、言葉、政治、などなど。ここでは印象的な二つの考えをぜひとも紹介したい。

一つは、アジアがわかりあえるようになることについて。
まず、アジア人はアジアのことをちっともわかっちゃいない。会議に集まったのは文学者という限られた分野のメンバーたちにもかかわらず、お互いのことを完全に知らない。こいつら本当に作家なのか?てな疑問まで持つほど。文学の議論をしようとすると、共通の話題は西欧の文学について。要するに、お互いを知るためには一旦西欧を経由しなければならないのだ。これはいかん。西欧を経由しなくてもわかりあえる、意思が疎通するようにならなければならない。ただし、そこに「反西欧」という意識は不要、むしろ邪魔だ。

そういうアジアの状態というものは、到底ノーマルなものではないのだから、それを是正するための、第一歩、いや、半歩、いや十分の一歩でもここで踏み出せればいいわけであろう、と。すると、英米の代表者は、それで結束して反西欧、反植民地という考えをこの上ひろめるつもりであるか、と反問する。従って、私は、あなた方西欧が、そういう機械的な考え方をする、あるいはせざるをえないところにあなた方の歴史の不幸がある、それはわれわれにとっても不幸である、と答えざるをえない。いつのまにか、われわれweということばを私はつかいはじめていた。

もう一つは、アジア(ただし日本を除く)は未来を見据えているということ。
アジアは貧しい。西欧列強の植民地だった国々において、その原因のほとんどは「むき出しの搾取」にある。そんな苦しい状況下でインドの人々は50年後を見据えている。

青年は、教育普及のスピードがのろいこと、独立してからわずか十年であり、英国は百五十年もここにいて、いかなる意味でも教育をしなかった。純粋の搾取一本槍であったことなどを話す。すると老人は青年に向かって、日本は教育が普及している、文盲はいない、自分は日本の農業技術者のインド農業についての話を読んだ。日本の農業技術は世界一だ。われわれは学ばねばならない。するとそれをうけて青年が私に云う。「われわれは貧しい。しかし五十年後には――」と。

このバラバラでメチャメチャな現実を統一しているものは、結局、民族独立、経済建設、民衆の仕合せ、つまりインドの未来がインドを統一しているのである。インドやこのあたりの国々を新興国であるとするなら、新興国とは何かといえば、それはその国の過去というよりも、むしろ未来がその国の存在を保証している国ということになるだろう。古い国、歴史の国というよりも、存在理由は、実は未来の歴史にこそあるということが、来てみてはじめてしみじみとわかった。

だからアジアは「生きたい」と叫び、西欧は「死にたくない」と言う。
付け加えれば、

一般に、長い未来についての理想をもたぬものは、それをもつものの未来像になかに編入されていくのが、ことの自然というものではなかろうか。

というのは日本人への警鐘である。

著者の堀田善衛(1918〜1998)は、『広場の孤独』(1951)で芥川賞を受賞した小説家。日中戦争、太平洋戦争、朝鮮戦争をくぐり抜けた日本人、日本の知識人の、とらえどころのない思想遍歴を問うた。今回、『インドで考えたこと』にしびれたぼくは、氏の評論『方丈記私記』『ゴヤ』を読みたい本リストに追加した。

著者ご本人がおっしゃるには、本書は「行儀のわるい思想旅行の記」なのだそうだ。もちろん多分に謙遜が含まているいるのだが、あながち間違ってない。行儀わるいってのは改まっていないということ。行儀わるい方がこちらの肩もこらなくて楽しい。痛快な一冊。

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