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自分は大丈夫、というのが危ないかも 『錯覚の科学』

      2017/09/16

「注意の錯覚」「記憶の錯覚」「自信の錯覚」「知識の錯覚」「原因の錯覚」「可能性の錯覚」6つの錯覚が一挙に論じられていて、そのタイトル『錯覚の科学』の名に値する一冊です。錯覚、勘違い、思い込み、とかく人間は(人間の脳は)あやふやなものなのですね。

本書では、そのあやふやを次々に暴いていきます。ついつい引き込まれてしまいました。著者はアメリカの大学で教授を務める心理学者。参考文献が豊富なので、現時点での確からしさはかなり信頼できそう。そしてなんといっても引かれている例が面白いのがいい。

例えば、モーツァルトを聴くと頭が良くなるなんて嘘っぱち。もともとモーツァルト効果は1993年に『ネイチャー』に掲載されたラウシャー、ショー、キイの報告があるのみ。その後の追試実験ではことごとくその効果は認められていません。でもなぜか脳は信じてしまう。

はたまた有名なサブリミナル効果、これも今は完全に否定されていますが、信じている人は多いはず。さらには、「脳トレ」をいくらやっても脳が良くなるなんてことはないのはすでに証明済。
これら意外にも、見えるはずのバスケに乱入してきたゴリラが見えなかったり、てんででたらめな記憶を自信持って証言したり、グループでリーダーになるのは能力のある人ではなくて真っ先に発言した人、などなど。

読み終えて感じたことは、最大の錯覚は、一般的に脳の能力(精度)を過大評価していることじゃないかなあということ。脳が極めて優れた完璧な装置だと。例えば「注意の錯覚」だと、脳がビデオレコーダーだと勘違いしているし、「記憶の錯覚」だと、脳をコンピュータだと見なしているような。この思い込みをまずは取っ払わなければいけません。というか、脳は生きていくために必要な器官であるはずで、そのためには細かいことを全部覚えておく必要はないわけです。要は、そんなに精度を上げなくても生きていくには充分だということ、精度より大事なものがあるということなのでしょう。

同じようなニュアンスだと思うのですが、著者たちは本書を以下の言葉で結んでいます。

結論に飛びつく前に、肩の力を抜いて、もう一度ゆっくり考えてみよう。
……
私たちが最後に望むのは、あなたが寛容さを欠く結論へと走る前に、その可能性を考えるようになることだ。

自分の脳を過信しない、他人の脳に厳しく接しない、ってことかな。

錯覚の科学 (文春文庫)
錯覚の科学 (文春文庫)

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