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『日はまた昇る』自堕落な世代の矜持

   

『日はまた昇る』を読み終えてしびれている。

なにを隠そうヘミングウェイ初体験なのである。これまで読んでみようか欲求は起こらなかった。むしろ敬遠してきた。なんか先入観――今となっては誤解――があったんだよな。ヘミングウェイの作品て、マッチョが男の生き方語ってんだろ、みたいな。そういう男論みたいなやつ嫌いなのよ。まあそれ以前に、そもそも文学が苦手なんだけれど。

ではなぜそんな読まず嫌いのヘミングウェイを読んでみようと思い立ったのか。衝動的、ふと読みたくなったとしか言いようがないのだが、後から振り返ってその理由を考えてみるに、年をとったからなんじゃないかという気がする。

年を重ねて残りのほうが短くなってくると、自分の人生がおおよそ見通せてしまうような気になってくる。おれの人生――残りも含めて――こんな感じだよな、なんてね。自分の人生を否定しているわけじゃない。ただ、人生は一度っきり、なんてありふれた言葉が妙に迫ってきて、なんか味気ないというか、物足りないというか。といって、これから燃え尽きるほどの波乱万丈に舵を切るはずもなし。

じゃあせめて小説で違う人生を味わってみるのもよいかなと。手軽だし、小説ってそんなためのものでもあるんだよな。それならいっそのこと自分と真逆の生き方を読んでみるべきだろう。日本で悶々としてるんじゃなくて、世界に広がる奔放な生き方。そこでパッと思い浮かんだのがヘミングウェイだった。

最初に手に取ったのが『日はまた昇る』だったことは幸運だったようだ。

主人公ジェイク・バーンズ(ヘミングウェイ自身の投影だ)が彼の仲間たちとすごす豊かな――そしてちょっと哀しい――日々が豊かに展開する。パリの喧騒の中で日ごと飲んだくれ、スペインへ旅し、イラティ川でのどかに釣りを楽しみ、パンプローナのフィエスタで闘牛に大興奮する。女と男たちのさまざまな愛のかたち。ことごとくすてきなシーンの連続が、映像のように頭に浮かんできて、いいのよ。解き放たれた感全開。これを望んでいたんですよ、これを。

本作は、27歳のヘミングウェイが1926年に発表した本格デビュー作。ガートルード・スタインの一言がきっかけだったそうだ。「あんたたちはみんな、"a lost generation"なのよ」、スタインは、第一次世界大戦に参加した若者たちをまとめて「自堕落な世代」と嘲った。スタインはヘミングウェイにとって文学上の師の一人だったが、これにはカチンときた。そんな大人たちからの揶揄を、あんたたちの言っている自堕落な世代ってのはこういうことかい、おれたちはこんな生き方してるけど、これを自堕落な世代ってバカにしてんの?とこの作品で打ち返した。これを読んだ大人たちはさぞ悔しかったはずだ。そこには自堕落なはずの若者たちの、血が滾(たぎ)る姿が描かれていたのだから。うらやましかったはずだ。今のぼくがそうだのだ。

しばらくヘミングウェイにはまってみよう。『武器よさらば』に取りかかった。

 - 小説, 読書