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数学界はドラマチック 『フェルマーの最終定理』

      2017/09/16

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで出会えたことをこんなに嬉しく思える本はめったにない。その本は、『フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで/サイモン・シン(青木薫 訳)/新潮社』だ。本書はアンドリュー・ワイルズという一人の数学者が自分の半生を賭け、350年もの歴史を背負いながら、一つの数論定理を証明するまでのドラマである。エンディングに近づくにつれ、ワイルズの苦悩が伝わってきて、苦しくなった。証明が完成した記述に至っては涙が出てきた。
なぜそれほどまでに感動させられたのか。
本書の構成は実に考えられた構成だ。
まずフェルマーの最終定理が生まれてきた歴史が説明される。この定理は17世紀にフェルマーが唱えたもので「2より大きい自然数nに対して、X^n+Y^n=Z^n、を満たす自然数X、Y、Zは存在しない」というものだ。この定理が現れるための必然性として、古代ギリシアから中世に至る数論の歴史が語られる。この導入部によって数論の歴史やその面白みを感じ取れるようになっている。
中盤以降、フェルマーの定理にかかわる多くの数学者たちの運命が、無用な感情をそぎ落とした形で描かれる。その中央に位置するのが、最終定理証明に決定的なきっかけを与えることになる「谷山=志村予想」を世に送り出した日本人数学者、谷山豊と志村五郎とである。ちなみに多々ある本書の書評では、フェルマーの最終定理証明をメディアなどが報道するにあたり、それに絶大な貢献を果たした二人の日本人をほとんどもしくは全く無視したのに対し、本書は彼ら人種的マイノリティを正当に評価し、多くの記述を割いていることを賞賛している。ここまでくると誰しもフェルマーの最終定理の虜になってしまうに違いない。
終盤では、ワイルズの純粋でしかし一方独善的な証明への取り組みの様子が述べられる。多くの数学的証明と同様、彼が最初に発表した証明には不備があることが指摘される。この不備は解決しようとすればするほど致命的な不備へと成長し、やはりだめかと崖っぷちまで追い詰められたとき、神の啓示のごとく新たな理論展開がワイルズの脳中に閃く。このクライマックスの瞬間まで、読んでいるだけで息が詰まりそうだった。本人の苦悩やいかばかりであっただろうか。
数学の世界を描いて、これほどまでに感動を与えられる著者の筆力はすばらしいし、普段無縁の数学界がこんなにドラマチックなのだと教えられた。

 - 自然科学・応用科学, 読書