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不可能を可能にする実学、そして執念 『世界初!マグロ完全養殖』

      2017/09/16

世界初!マグロ完全養殖―波乱に富んだ32年の軌跡(DOJIN選書21)2002年6月、近畿大学水産研究所において世界初のクロマグロ完全養殖が達成された。皆さん、知ってました?研究開発がスタートしたのが1970年。その32年間の努力を綴った『世界初!マグロ完全養殖―波乱に富んだ32年の軌跡/林宏樹/DOJIN選書』はマグロに関する知識を学びつつ、実学の現場を体感できる好著だ。

1970年、近畿大学水産研究所は水産庁の「マグロ類養殖技術開発企業化試験」の一部を受け持つこととなる。しかし当時マグロについてはその生態の基本しか知られておらず、採卵して育てるなど見当もつかない夢物語であった。研究を率いる熊井英水は、幼魚(ヨコワ)を獲ることから始めるのだが……。

本書を読む際の流れの一つは、新しい技術が開発・確立されるまでの過程を追うことだ。前人未到のマグロ完全養殖を実現するために、彼らは何をしたのか。それは徹底した「観察」と「工夫」、そして付け加えるならば「待つこと」なのだ。ヨコワを捕獲するために「ケンケン釣り(明治時代にハワイ原住民カナカ族から伝わった漁法らしい)」を試し、脆弱なヨコワを傷つけないよう擬餌針の返しを叩いて潰す。孵化した稚魚の餌はなにがよいかとシオミズツボワムシやアルテミアを与え、暴れて水槽の壁に激突しないよう生簀を大きくしてやる。度重なる失敗。なにしろ相手は生きた魚だ。技のおぼつかない人間に対して、マグロたちは、「お前たちの育て方はなっていない」と抗議する。その抗議の手段は死。限られた時間で目標に到達しようと、失敗の原因を観察から推察し、よかれと思う対策をうち続ける。

さて、予想どおり学者の間から、このような開発は研究ではないと揶揄される。デカルトにはじまる近代合理主義精神に則ることを研究と呼ぶのならそうだろう。しかし、いくらマグロを分子レベルに分解したところで、養殖などできっこないではないか。一方、言い方を変えれば、最先端技術の一つであるロケットエンジンの開発だって、そのアプローチはこれと同じようなもの。乱暴に言えば、あらゆる「技術」は失敗を克服する試行錯誤の成果なのである。

なお、本書はマグロと並んで研究者熊井英水にもスポットを当てている。彼はこのプロジェクトを進めながら、一方で高校の校長を8年間務め、また47歳にして学位も取得している。激務の中の学位取得は、それはそれはたいへんな労力を要する(できなかった私が言うのだから間違いない)。氏の仕事ぶりに驚嘆しつつ、本書を読み終えた。

(本書は「本が好き!」を通じて化学同人より献本いただきました)

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