『太郎物語・青春編』 私にとっての名作 ―1
2017/09/16
昭和55年(1980年)、NHKで放映された銀河テレビ小説「太郎の青春」に夢中になっていた。売り出し中だった広岡瞬が主役、岸田今日子が妙にはまり役の母親を演じていたあのドラマだ。当時、あまりテレビを見なくなっていた私が、月~金欠かさず見入った。それだけ強烈だったのである。毎回、太郎の言動に羨ましさを感じ、そして頭をガツガツ殴られたようなショックを受けた。太郎の真摯な生き方に、である。このドラマの原作が『太郎物語・青春編/曽野綾子/講談社』で、是非とも読まねばと思った。
最初は文庫本で読んだ。その後単行本を買って読み返した。高校から大学に進学した山本太郎の、およそ1年間を綴った物語である。東京の名門私立大学明倫の補欠合格を蹴り、文化人類学を学ぶために名古屋の北川へ進学する。東京の親元を離れ、名古屋で一人暮らしを始めた太郎の日常があまりにも爽やかに描き出される。
自分自身の時間と重なっていたにもかかわらず、私と太郎との生き方の違いに愕然とし、焦りと嫉妬を覚えた。文化人類学をまっすぐ志す太郎、夢をあっさり捨てて目標を失った自分。対照的な大学生活。太郎の影響で文化人類学の講義も受けた。文学部に転部しようかとも悩んだ。でも踏み出す勇気がなかった。冷静に考えれば太郎のまねごとをしようとしてる自分が情けなかった。
これまでの人生、不幸だなどとはこれっぽっちも思わない。充分幸せだし楽しかった。間違ったとも思わない。でも、書棚に立てられているこの本の姿が目に入ると、違う人生もあったのかもしれないなあという感傷がふと頭をよぎってしまうのである。一生忘れないフレーズを思い返す。そして遠い昔の青春を懐かしんだりして。
「じゃあ、僕、決めたいんだ。僕、明倫は行かない。北川へ行かしてよ」
「賛成よ」
信子が言った。
「私は初めっから北川がいいと思ってた」
北川でいい、と母が言わなかったところを、太郎は覚えていた。
「だって、母さんが、明倫に入学金払っておけ、って言ったじゃないか。あれムダしたよう。惜しいことしたよう」
「入学金を捨てても、北川へ行こうと思うくらいじゃなきゃ、本物じゃないからね。本当にもったいないお金だったけど、それに引っ張られるような性格なら、明倫の方がいいと思ったのよ」