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カッコイイとは何か 『桐島、部活やめるってよ』

      2017/09/16

桐島、部活やめるってよ / 朝井リョウ / 集英社
桐島、部活やめるってよ

たまには若い人の小説でも、と思って読んでみた。『桐島、部活やめるってよ/朝井リョウ/集英社』、なかなか良かったですよ。懐メロ番組を観るのと似たような、そんな心地よさに例えられるかもしれない。

2009年の小説すばる新人賞を受賞した本作は、大学生の作者が高校生の心情を綴った6編からなるオムニバス小説。ページを開く前、年寄りの私にはちょっと辛いかなとの予感があったが、読み始めたらまったくそんなこと気にならない。むしろおじさんおばさんの方が楽しめたりして。

バレーボール部のキャプテン桐島が部活をやめたことから広がる小さな波紋。その中にいる5人は揺られながらも自分たちの高校生活を続けている。

秀逸なのはやはり映画部前田涼也を取り込んだこと。友人武文とともに夢中になって映画を語り、撮る。自分たちは「下」だと認識し、その位置を卑下しつつも、周囲の一歩も二歩も先を駆けていく二人。彼らを冷笑する大多数と彼らのエネルギーに気づくごく少数。ちょっと美しく書きすぎているような気もするが、それもまた青春小説の特権だと思う。

これと直接関係するのだけれど、高校生における「上」と「下」をこんなにはっきりと書いたのは珍しいんじゃないかな。「上」と「下」とはクラスの中にある渾然とある格差、華やかさランクのこと。作者はズバリ言い切っている。

ピンクが似合う女の子って、きっと、勝っている。すでに、何かに。
なんで高校のクラスって、こんなにもわかりやすく人間が階層化されるんだろう。男子のトップグループ、女史のトップグループ、あとまあそれ以外。

自分は誰より「上」で、誰より「下」で、っていうのは、クラスに入った瞬間になぜだかわかる。僕は映画部に入ったとき、武文と「同じ」だと感じた。そして僕らはまとめて「下」なのだと、誰に言われるまでもなく察するのだ。
察しなければならないのだ。

あった、あった、おれのときも。よーくわかるよ。昔も今もたいして変わっちゃいない。
そして物語から伝わってくるのは、「下」も捨てたもんじゃないってこと、案外かっこいいんだぜということ。ま、上下に関係なく、ここに登場する5人の主人公たちはみんなかっこいいんだけどね。

私とっての青春小説は『太郎物語』であったり『青が散る』であったりするのだけれど、それらはリアルタイムの物語だった。今回のように過去を振り返って青春物を読むのもいいもんだなあということを教えてくれた。だからおじさんおばさんたちにお勧めする。

 - 小説, 読書