ハリ・セルダンは登場するのか 『もっとも美しい数学 ゲーム理論』
2017/09/16
もっとも美しい数学 ゲーム理論 / トム・ジーグフリード(冨永星 訳) / 文春文庫
人類の未来を数学的に予測、制御することは可能か?この問いについて夢を膨らませたのが『もっとも美しい数学 ゲーム理論/トム・ジーグフリード(冨永星 訳)/文春文庫』だ。
アシモフの『ファウンデーション』から話が始まる。数学者ハリ・セルダンは「心理歴史学」と称する数学体系を用いて社会をコントロールするという話だ。そしてこのセルダンと「心理歴史学」とが本書の中でいたるところに顔を出す。すなわち冒頭の問いはSFに登場する「心理歴史学」が現実となるのかということ。構成として実にうまいと思う。
内容は、ゲーム理論を軸として様々に展開する学際的研究を紹介し、未来の「心理歴史学」構築を予感させようとする意欲的な読み物となっている。
目次
第1章 アダム・スミスの「手」―経済と科学の融合
第2章 フォン・ノイマンの「ゲーム」―ゲーム理論の誕生
第3章 ジョン・ナッシュの「均衡」―ゲーム理論の基礎
第4章 メイナード・スミスの「戦略」―生物学とゲーム理論
第5章 ジークムント・フロイトの「夢」―脳神経学とゲーム理論
第6章 ハリ・セルダンの「解」―人類学とゲーム理論
第7章 ケトレーの「統計」、マクスウェルの「分子」―社会物理学の誕生
第8章 ケヴィン・ベーコンの「つながり」―ネットワークとゲーム理論
第9章 アイザック・アシモフの「ヴィジョン」―社会物理学とゲーム理論
第10章 デイヴィッド・マイヤーの「コイン」―量子力学とゲーム理論
第11章 ブレーズ・パスカルの「賭け」―確率論、統計力学とゲーム理論
数学、物理学、経済学、生物学、人類学、このバラエティーを見るだけで、なんか楽しくなってきてしまう。これだけの領域を一気に披露しようというのだから、著者の努力には恐れ入る。それぞれの学際について、過去の歴史から将来への展望がかなり詳しく書かれているので読み応えあり。
僕の理解が浅いことが原因するのだが、読み進めると次々に疑問が湧いてくる。
- 人間を統計力学的に扱うには、人間の数が少ないのではないか。人間の数は10^9オーダー、アボガドロ数は10^23のオーダー。『人は原子、世界は物理法則で動く』なんて本もあるので、もう少し勉強してみたいところ。
- 社会を統計力学的に扱うには、データが少ないのではないか。世界大戦が起こるかどうかを予想しようにも、世界大戦は二度しか経験していない。データが2しかない。
- 非線形科学とどう結び付くのか、結びつかないのか。
などなど。面白おかしく書かれているのだが、まじめに読もうとするとかなり難しい。
しかし、これだけ膨大な学問分野を統一できる天才、ハリ・セルダンは現れるのだろうか。人工頭脳の出番かもしれないな。より優秀な人工頭脳の開発と、彼が使える理論を創り出すことができれば、何か大きな変化が生じるのではないかと予感させる一冊だった。