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『書評家<狐>の読書遺産』は書評家の生き方でもある

      2017/09/16

書評家<狐>の読書遺産 / 山村修 / 文春新書
書評家“狐”の読書遺産 (文春新書)

著書の山村修氏は、すでに他界されている。

本書は、『文學界』に2003年8月から2006年7月に連載された「文庫本を求めて」34編が完全収録された一冊。この日付を見て、ジンときた。

著者が肺がんで亡くなられたのは2006年8月。闘病中に書き続けられたいたにちがいない。そして、亡くなる直前まで執筆されていたということ。

あとわずかな時間しか残されていないとわかったとき、その時間を何に使うか。その人の凝集された姿が現れるに違いない。著者は古今東西の本を愛でるように読み、書評を書き続けた。『嵐が丘』の鴻巣友季子訳を褒め称え、『志ん朝の落語』にその声を聞き、『婦人家庭百科辞典』で知的啓蒙を考察する。
本書を締めくくる最後の書評は「ところで、リルケは絵がうまかったか?」である。死期に臨んでフランスの作家クロソウスキーの絵が稚拙なんだよなとか、そしてクロソウスキーの実父は詩人リルケだったらしいとかと、山本容子の人物を描いた版画はすごい、などと頭をめぐらせていらしたのだ。心底本がお好きだったんだなあ、と感慨するのみ。本好きで物書きの魂、というか執念を見せられたような。

そんなことを考えていたら、ふと、米原万里氏の『必笑小咄のテクニック』が頭に浮かんだ。こちらも卵巣がんと闘いながら書かれた一冊。それもジョーク、ユーモアを論考したものであるところに胸打たれる。

はたして自分はこの期におよんでこんな行動がとれるだろうか。そのときになってみなければわかるまい。とうてい冷静でいられる自信はないのだが。

最後に簡単に本書の中身について。海外の初めて名前を聞いた作家からコナン・ドイルまで、はたまた樋口一葉から橋爪大三郎まで、これでもかと幅広い本が選ばれ評されている。本書とあわせて購入した『水曜日は狐の書評』と比べてみると、本の周辺を散歩し、観察するような書評であることは同じだが、『水曜日…』は800字とかなりの短評なのに対して、こちらは約4倍(1冊あたり2倍)にボリュームが増えている。その分、広くゆったりとした印象がする。『幕末政治家』『天文台日記』『生物から見た世界』などを読んでおきたくなった。文庫なので早めに手にいれておかないといけないな。

 - 社会, 読書