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私たちはなぜここにいるのか、そして私たちはどのように生きるべきか 『自己組織化と進化の理論』

      2017/09/16

自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則 / スチュアート・カウフマン(米沢富美子 監訳) / ちくま学芸文庫
自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則 (ちくま学芸文庫)

感無量。胸が熱くなったよ。複雑系が持つ可能性、それが人間の尊厳を取り戻すことにまでつながる思索。そんなカウフマンの思いがズンズン伝わってくる。読むのに苦労したけどそれだけの、それ以上の価値があった。原書は1995年刊行、でもぼくにとっては今年のベスト。

「自己組織化」とは文字どおり自ずと組織を形成していく現象のこと。個々を見るとばらばらのように見えるが、全体では秩序のようなものが勝手に生まれてくるということ。複雑系における重要な概念の一つで「創発」とほぼ同義。で、その自己組織化が何だっていうんだ?なんとそこにはさまざまなものや現象が何故生まれてくるのかに対する答えが潜んでいるのである。

生命、生物が誕生したのは何故か?単なる偶然だったのか、それとも必然だったのか。カウフマンによれば必然なのである。原子を無闇矢鱈に組み合わせても生命は生まれない。「竜巻が物置を襲って、そこにあるものを使ってボーイング747を組み立てる」くらいあり得ないこと。しかし原子や分子が集まり反応を起こすと、自己組織化により様々な分子が形成され何かしら意味のある物質が作られる。カウフマンはそれを「無性の秩序」と呼んでいる。原子同士が反応する素地があれば生命は生まれるべくして生まれるのである。

生物の進化について。ダーウィンの「突然変異」と「自然淘汰」では不完全なのだ。でたらめな突然変異を繰り返しても進化は見込めない。カウフマンは進化を「適応地形」の山を登ることとと捉え、モデル(NKモデル)を駆使して、その適応地形がなんらかの相関を持っているはずだと考える。この考え方によれば、種の進化や絶滅、カンブリア紀の大爆発や5度の大量絶滅も、起こるべくして起こったこととなる。

ここまでだと「なんだ生物に関するモデリングの本か」と思ってしまうかもしれない。なんのなんの。ここまでは下ごしらえなのである。自己組織化とはなんたるかをわからせるためのプロローグなのである。この先、自己組織化を技術、経済、政治に適用していく。人間一人ひとりは勝手な振舞いをしようと、人類全体で見れば秩序が成り立つことを示していく。

自己組織化ってのは本当にあるのかもしれないな、という段階まで来て、ではその自己組織化の概念を用いて、カウフマンは何を言いたいのか。それは二つあると読める。

一つ目は還元主義への反旗。ものごとをいくらバラしていっても全体はわからない。ベーコン、デカルト以来営々と築かれてきた還元主義を批評して、「そんなことをしていたら人間の尊厳も何もあったもんじゃない」と唱える。複雑系を扱う学者さんとしては当然だろう。

もう一つは私たちの「生きる意味」、そしてこれがクライマックス。あまりにも複雑なこの世界で最善の策、正解なんて誰にもわからない。「適応地形」の全貌を見ることは不可能なのだから、私たちはどこへ向かって進んでいけば良いのかなんて知りようがない。ならばテキトーに生きていけばいいってことか?いやいや。どんな結果が待っているとしても、良かれと思う精一杯の努力をすべきなのである。最善を尽くそうよ。ぼくが震えた、熱い熱い箇所を抜き書きしておく。ここに本書の、カウフマンの真髄がある!

われわれの最善の努力が最後には先の見えない状態に変わってしまうのなら、どうして努力する必要があるのか。なぜなら世の中がそうなっているからであり、われわれはその世の中の一部だからである。生命とはそういうものであり、われわれは生命の一部なのである。われわれのような、生命の歴史の中でずっと後になって生まれた歴史の役者は、およそ四〇億年もの間生物が拡大していった生命の長い歴史の相続人である。その過程に深くかかわることが、畏敬の念に値せず神聖なものではないというのなら、それ以外に神聖なものがあるだろうか。

カウフマンの思索に圧倒された。そして、こんなすごい本を文庫化してくれるなんて、筑摩書房さんエライ!

 - 自然科学・応用科学, 読書