伊坂版「巨人の星」 『あるキング』
2017/09/16
帯には「今までの伊坂作品とはひと味違う!」とあるがどうだろうか。天才バッターの物語という、書こうと思えばいくらでも華やかに書ける舞台であるのにほの暗い。充分伊坂的じゃないかな。
常敗球団仙醍キングスのかつて主力打者として活躍し、今は監督を務める南雲慎平太が亡くなった日、まるでその生まれ変わりのように赤ん坊が誕生する。両親は熱狂的なキングスファン(ファンの域をはるかに超えているのだが)。王求(おうく)と命名されたこの赤ん坊は、両親によってキングスで活躍することを運命づけられる。幼い頃から特訓につぐ特訓。
プロ野球選手として活躍することを運命づけられて育てられた子供がどのように成長していくのか。どんな人生を送るのか。本作には『マクベス』がモチーフとして用いられている。Fair is foul, and foul is fair. 正、不正に明確な基準はない、見方によっては正しいことであったり間違ったことであったり。著者は様々な事象に「フェアかファウルか」をつきつけていく。何が良くて何が悪いのか、そんなのわからないよね、決められないよね。本作品はそんなことを考えながら読むのが正しいのだろう。
しかしなのである。
プロ野球選手として活躍することを背負わされた少年の物語となるとどうしても思い浮かぶものがある。そう、「巨人の星」である。著者ご本人の考えからはまったくはずれているだろうが、本作は「伊坂版巨人の星」なのである。
巨人の星はストレートなスポ根だが、伊坂が書けばもちろんそんな単純な展開にはならない。超一流のバッターに輝かしい栄光が与えられるかと言うと、もちろんNO。敬遠かホームランか、十試合連続本塁打、六打席連続本塁打と超人的な記録を打ち立てる超一流バッターが世間からどのように扱われ、どんな思考法を身につけていくか。それは読んでのお楽しみ。
伊坂はベタな幸せを描かない。むしろ不幸、暗部を描く。その暗闇の中にチラッと幸せをのぞかせる。暗雲のすきまから差し込む光が妙に心地よいのが伊坂幸太郎の魅力の一つだと思う。その点から、本作品も充分伊坂的だなと思うのである。