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『考える生き方ー空しさを希望に変えるために』を読んで、月のようだなと思った

      2017/09/16

考える生き方ー空しさを希望に変えるために / finalvent / ダイヤモンド社
考える生き方

欠かさず目を通しているブログに「極東ブログ」がある。時事問題をはじめさまざまな物事に一味二味違った洞察を加えていて好きだ。羨望している。その書き手、finalvent氏の本が出たとあっては、ファンとして読まねばなるまい。ブログが外のことを考えたものなのに対し、内側について考えてきたことをまとめたのが本書だそうだ。興味がわく。とは言え、軽い気持ちで手に取った。ところがこれがどえらいものだった。

読み始めていきなり、イントロダクションで撃ち抜かれた。そこには、考えることで生きてこられた、という実感がつづられているのだが、そこかしこで「そうなのか」「そうだよな」とうなずいてしまう。そんな著者の思いを一節だけ書き抜いておく。

世間的に社会的に、自分の人生の意味はないとしても、自分の内側から見れば、それなりにある種の手応えのようなものがあれば、それを支えに生きていける。
そうした、ちょっとうまく言えない人生の支えのようなものを見つけるのに、からっぽにみえた私の人生でも、何かヒントのようなものがあるんじゃないかとも思う。

ネットの中で拝見している限り、とてもからっぽとは思えないのだが、でもまあご本人がそうおっしゃるのだから、そこはとやかく言うまい。

要するに、世間が「成功」や「自己実現」を強要し、はたまた「生きる意味」や「自分とは何か」を考えさせたがる中、傍から見れば意味のない人生だって、生きている本人には手応えがあることを教えてくれている。ジンとくる。すごくくる。そうなんだよな。

続く本文では、社会に出て、家族を持って、住んだ沖縄で、難病に見舞われて、勉強して、年を取って、それぞれの場面で考えたことが語られる。その内容についてはここでは触れない。読んでいただくしかないです。で何を述べるかというと、本書の影響力について。

著者の考えたことをなぞっていくと、いちいち自分はどうだったかなと振り返って考えることになった。学生時代は、結婚したころは、子供が生まれたときは、人生の要所々々の出来事を振り返る。振り返って自分の半生なんだったの?を改めて考えざるを得なくなった。あのときはこんなこと考えてたんだよなあ、とか。著者の語り口が鮮やかだから、ついつい「ぼくの場合はね」と誘いこまれる。本書はそのための最高に役立つテンプレートだともいえる。

話があらぬ所へ飛んでしまうが、これまでにぼくが最も衝撃を受けたのは、生まれてきた子供がダウン症だと分かったときである。悲観にくれるというのではなかった。なんでこんなことが自分の身に降りかかったのだという思いはあった。うちの家族はこれからどうなるんだろうという漠とした不安が大きかった。1週間ほどボーっとしていただろうか。けど一旦現実を受け入れると、立ち直りは早かった。
まずは正確な情報が必要だと、当時普及し始めたインターネットで情報を捜したり、そこで見つけた先生方に不躾にも泣き言めいた相談メールを送ったりした。子供とコミュニケーションは取れるのですか?それ以前に一人で食事ができるのですか?もっと以前に一人で排便できるのですか?そして親は何をすればいいんですか?と。ご丁寧な返信をいただいて大きく安心できたし、インターネットってすごいなと妙な所に感動した。

ぼくの過去の話はここではどうでもよくて、言いたいのは、こんなことを始め、脳の中でひっそり埋もれていたいろんなことが噴出してグルグル回ったということ。手に負えないくらい。本書の力だ。タイトルは『考える生き方』だが、読み手からしてみれば「これまでの生き方を考える」ことになった。

そうなるにはおそらく理由がある。一つは年齢が近いということ。厄年でガクッときたとか。
もう一つは思考法がどことなく似ているんじゃないかということ。

えっと、似ていると言ってしまうと恐れ多くて、そのスケールは全てにおいて違う。桁違いに。ほんの一例を挙げれば、著者は歳を取って過去の時代にさかのぼれるさかのぼれるようになったという。その感じなんとなくわかる。でも著者は鎌倉まで辿れるそうだが、ぼくはせいぜい明治か江戸の終わりまでだな、とかいう具合。

たとえれば、ぼくが六等星なら著者は月だ。

そうか、本書は月かもしれないな、などと勝手に比喩を考えてみたりする。闇夜に突如顔を出した満月。サーッと頭の中が明るくなって、明りを喜んでいろんなものがザワザワ踊りだす感じ。

本書を読み始める前、こんなに自分のことを考えることになろうとは予想してなかった。読み終えて、それなりに考えてはいたんだなあとちょっとうれしく思う。そしてこれからの残りの人生、意識して考え続けることにする。

以上が本書から受けた影響であり、本書に対するぼくの接し方だ。読中読後の心地よさは抜群であった。
ただ、後ろを振り返るというのは本来の読み方ではないとも思う。若い人たちは、これから様々なことが起こる未来を予想して、考える生き方の実例を見知っておくのがよいと思う。

 - 社会, 読書