見知らぬ界域へとみちびく誘引力 『<狐>が選んだ入門書』
2017/09/16
サラリーマンはかなり読書生活に恵まれている。あとがきに至ってこの耳の痛い叱咤激励に出くわす『<狐>が選んだ入門書』なのだが、まずは本体の紹介から。
本書は、そのタイトルどおり、書評子<狐>こと山村修氏が厳選した入門書の書評集。言葉、古典文芸、歴史、思想、美術、5つのカテゴリーから5冊ずつ、計25冊を披露してくれる。
ここでいう入門書は、仮に『ヘーゲル入門』といった、なかなか手が届かない高みに階段を架けるような「手引書」ではない。ハッとする思いがけない発見に満ち、いつもとは異なる未踏の世界を見せてくれる本のこと。
例えば、武藤康史の『国語辞典の名語釈』で「んんん」(三省堂国語辞典の最後の項に実際ある)の語釈に感服し、堺利彦の『文章速達法』でKJ法をはるかに先取りした文章編集術に驚嘆し、窪田空穂の『現代文の鑑賞と批評』で鴎外『舞姫』の平安朝文章を味わう。どの一冊も<狐>が選んで評するのだから面白くないわけがなく、挙げられた25冊(既読は1冊のみ)すべて読みたくなる。そして、おいおい読もうかね、などと悠長にかまえたところであとがきに出くわすのである。
その「私と<狐>と読書生活と あとがきにかえて」はこう始まる。
世の職業人でいちばん自由に読書ができるのは、もしかすると、研究者でもなく、評論家でもなく、勤め人かもしれません。
サラリーマンこそ豊かな読書生活をおくれるのだと説いているのだ。なぜなら、勤め人は職業生活とは別に読書生活を持つことができる。そしてなんの拘束もなく、気の向くまま好きなものを読むことができるのだから。
そうは言っても時間がない、なんてのは言い訳だ。読みたい、知りたいというわくわくするような欲求さえあれば、時間はなんとかつかみ出せるし、その時間を2倍にも3倍にも使うことができる。山村氏は読むだけでなく、1981年から永眠されるまでの25年間、「日刊ゲンダイ」を皮切りに毎週書評を書き続けた。そんな著者の言葉だからこそ絶大な説得力があるではないか。
新たな世界を知るために読んで書く。その根本のところまで本書は教えてくれた。