人生を楽しみながら大量に書くスキル 『できる研究者の論文生産術』
2017/09/16
書けない。ブログの記事が書けない。それどころか仕事のレポートすら書けないのである。なんかよい手立てはないものかと『できる研究者の論文生産術 どうすれば「たくさん」書けるのか』にすがってみた。本書は、アメリカの心理学者、ポール・J・シルヴィアによる『How to Write a Lot』(2007)の邦訳。論文が書けないと悩んでいる人に向けた「たくさん」書くための指南書。その指南は論文に限らず、一般的な書きものにも当てはまる(それどころかあらゆる仕事に当てはまる)。
読んでみて、さらに内容を実践――まだ短期間ではあるが――してみて、本書はおそらく最強の執筆スキルに違いないと思う。「おそらく~に違いないと思う」などと、はっきりしないあやふやな言い方をしてしまった理由は後に述べる。実はそれがこの記事の本題だったりする。
その前に、指南の内容をかいつまんでおこう。書くことは才能ではなくてスキルだということ、そして「一気書き」――気の向いたときに一気に執筆する、無駄で非生産的な方法――はあなたのためにならないよということを著者は繰り返し述べている。
言い訳は禁物
まず著者は、書かない言い訳4つをことごとく撃破していく。こんな具合に。
- 「書く時間がとれないんだ。まとまった時間さえあれば書けるのに」→待ってても書く時間は降って湧いてこない。執筆時間を規則的に確保して手帳に書き込む。これで時間がとれたね。
- 「分析とか調査とか、もう少し準備しないと書き始められない」→準備は執筆作業の一部。執筆時間中にどうぞ。
- 「新しいコンピュータが必要だ」→ほとんどやけくそな言い訳だって自分でもわかってるよね。紙と鉛筆があれば書ける。
- 「気分がのってくるのを、インスピレーションが湧いてくるのを待っている」→待っててもインスピレーションは湧いてこない。順序が逆。書けばインスピレーションが湧いてくるのだ。
正論は耳に痛い。
書こうという気持ちを持ち続ける
以上のように言い訳を撃墜したところで、次にどう行動するか。
目標を設定する
確保した執筆時間を使って、書く必要のあるもの、目標を書きだす。そして執筆する日ごとに、具体的な目標事項に落としこむ。字数や段落数など数値目標が望ましい。
・少なくとも1000字書く
・昨日書いた文章を推敲する
・新しい原稿の案を練る
などなど。
優先順位をつける
目標事項が決まったら、その優先順位を決める。完成に近いものから作業していくとよい。
進行状況を監視する
1日に書いた文字数、何を書いたかを記録しておく。そうすると、執筆の進み具合を把握できるし、目標を上手に立てられるようになって、書くためのモチベーション維持に役立つ。
これら以外にも、
・励ましあうためのサポートグループをつくろう
・アウトラインをしっかり作成しよう
・まずは書く、後で直す
などなど、有益な助言が盛り込まれている。
本題:でも書けない
どうです?常識的ともとれるが、それだけに王道。とてもいい、身にしみるアドバイスでしょう?。これらを実行すればたくさん書けるようになるにちがいない。
ところがである。ぼくの場合、この術――How to――に従ってみても、それでも書けない。言われたとおりに時間も確保した、目標も立てた、キーボードに向かった。それでも書けない。書けないときは「書こうとしているのだが何も浮かんでこない」とかなんとか書け、という話も聞くので試してみたら、「何も浮かんでこない」と書き続けていた。
なぜ書けない?あれほど懇切丁寧に方法を教えてもらいながらなぜ書けない?書けない理由をあれこれ考えても答えが出てこない。そうこうしていると、おれはダメな人間なんじゃないか、おれはアホなんじゃないか、という落とし所が頭をよぎる。せっかくのありがたいアドバイスのはずなのにぼくには通用しない。おれはダイソンで吸いとれない埃、マジックリンで落ちない汚れなのか。
この悩みはまだいい方である。もっと恐ろしい答えも浮かんでくる。本当は、おれはなにも書きたくないんじゃないのか……。
しかしシルヴィアは、こんなアホにも救いと勇気を与えてくれるのだ。
書くというのは気の滅入る作業だ。下水管の修理や、霊安室の運営にもかなり似ていると思う。
行動を変えても、文章を書くことが楽しくなるとは限らない。
皮肉なことに、文章をたくさん書いても、書くのが楽しくなったり、書きたくなったりはしない。書くという作業は難しいし、今後もずっとそうだろう。よほどのことでもない限り、朝から、硬いグラスファイバーの椅子になど座りたくないし、コンピュータの電源も入れたくない。
そう、書くのは難しいのである。『How to Write a Lot』の著者ですら苦痛なのである。自分は難しいことをやってるんだとわかるだけでも救われるのね。たくさん書けるまでにはまだまだ道は遠く険しい。ひとっ飛びににたくさん書けるようになると安易に思ってはいけない。地道に進むこと。
ぼくにはまだ効果が出ないのだけれど、いつかはたくさん書けるようになるのではないか、そんな期待感はある。それが、「本書はおそらく最強の執筆スキルに違いないと思う」理由だ。
フーッ、書けた!