『万物の尺度を求めて』度量衡革命
2017/11/13
あなたの身長はいくらだろうか。ぼくは5フィート9インチ、といってもアメリカ人くらいしかわからない。5尺7寸7分、昔ならこれで通じたのだが今の日本じゃ無理だ。175センチメートル、これならパッとわかる。身長1.75メートル。でもこの1.75って数字は何なんだ。そんなこと誰が決めたんだ。
フランス革命が決めたのである。ケン・オールダーが『万物の尺度を求めて』でそこんところをこれでもかと徹底的に掘り起し、語りつくしてくれていた。
歴史冒険物だと予想して読み始めたのだ。二人の天文学者、ドゥランブルとメシェンがフランスを縦断して測量するドキュメンタリーだと。それは、かいつまんで紹介すればこんな話だ。
1792年、彼らはあるミッションを与えられ、北と南二手に分かれてパリから旅立った。そのミッションとはダンケルクからバルセロナまでの距離――およそ1300kmある――を精密に測定すると。その結果をもとに北極から赤道までの子午線長さが計算され、さらにその1千万分の1が1メートルという新たな長さの単位として誕生するのだ。
しかし時はフランス革命の真っただ中、彼らはパリ政府の交錯する思惑に翻弄されつつ、スパイ嫌疑で拘束されるわ、他国との戦争に巻き込まれるわ、幾多の危機に瀕しながら7年をかけて任務を完遂する。もう測量の旅どころではなく冒険だ。そこに加えて、ミステリ要素も織り込まれる。世界で最も正確であるはずのメシェンの測量には密かな誤りが存在した。彼の犯した誤りとは何か。謎を巡って二人の心情までもがつまびらかにされていく。二人を取り巻く師ラランド、ラプラス、ラボアジェ、ボルダら名だたる学者(サバン)たち、さらにはルイ16世、ナポレオンまでも。オオーッ、これは冒険活劇か!
と思うのも致し方あるまい。ところが話はそんなところでは収まらなかった。これほどまでに書き込まれ、盛り上がるストーリーにもかかわらず、彼らはあるテーマに光を当てるための演者なのである。そのテーマは度量衡。本書は度量衡の秘めた力を知らしめ、さらには測るという科学の本質のところまでわたしたちを導こうとする。
度量衡とは、長さ(度)と容積(量)と重さ(衡)の決まりのこと。物差しや体重計などで長さや重さをどう測るんだってこと。広い意味では測定の科学とその応用を指す。
フランス革命の中、アンシャン・レジームを一掃し、代わる新たな秩序を創造しようとみんな躍起になっていた。そのひとつが新しい統一された度量衡の設定である。当時、フランスだけでも約800種類――もっときちんと区別すると約25万種――もの長さと重さの単位が使われていた。地域や扱うものでばらばらだった。小さな社会ならさほど問題ないが、広範囲さらには世界にまたがる取引となると、単位が複雑で統一されていないというのは不便この上ない。
もっと問題なのは、それぞれの単位の大きさがはっきりしておらず、権力者の胸算用で決まったりすることだ。既得権益ってやつね。これこそアンシャン・レジームそのもの。新しい、自由な市民の時代には邪魔なのだ。壊滅させなければならない。だからフランス革命は新しい度量衡を制定しようとした。自然を基準とした、時代や地域に影響されない度量衡を。度量衡は、社会が作り出したものであるだけでなく、逆に社会を作り出す作用も持つ。だから生半可なことでは変わらない。世界中を転覆させたあの革命でなければ、大勢の人の命が奪われるような騒乱のさなかでなければ変えられなかったのだ。
その新しい度量衡――メートル法――の土台となるのが長さの単位1メートルで、ドゥランブルとメシェンのミッションは新しい時代にふさわしい自然に基づいた基準――地球の大きさの4千万分の1という自然な単位があろうか!――を決めるという崇高な仕事だった。
ドゥランブルが測量の記録を一つ漏らさずまとめて書き上げた大著『メートル法の起源』を一部偉大なる征服者ナポレオンに献上したとき、皇帝はこう賛辞を贈った。
征服者はいつかは去る。だが、この偉業は永遠である。
ナポレオンはこの後わずか5年ほどでセントヘレナ島に幽閉されることとなる。メートル法は200年後の今も世界のスタンダードとして君臨し続けている
本書ではさらに、メートル法制定の後日談としてルジャンドルによる誤差の解析、最小二乗法が付け加えられている。あの、メシェンが犯し、隠匿し、一生苦しんだ誤りは、その後誤差の科学として新しい科学理論に受け継がれることとなる。一方でその瑕疵(ぶっちゃけメートルは間違っているのである)は、今日わたしたちが使っているメートルの長さにも依然として残っている。彼らのメートルを受け入れたことによって、わたしたちは彼らの誤りを自分たちの誤りとして引き受けた。彼らの誤りは、すべての人々、すべての時代にとっての誤りとなったのだ。
本書の原題は『The Measure of All Things』、プロタゴラスの言葉「人間は万物の尺度である」を現代にあてはめた、読み応えたっぷりの傑作だった。翻訳もすばらしく、読みやすい。