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『漢文の読みかた』漢文を学ぶ上で忘れてはならない一言

      2017/11/13

『漢文の読みかた』は中国古典の大海へこぎ出すにあたっての手ほどきだ。
漢文を学ぼうと思い立ったとき、初心者用で手に取りやすい読み物となるとほぼこれ一択なんじゃなかろうか。学習参考書がたくさんある?初学の場合それも有効な手段なんだけれど、本書と学習参考書との間には決定的な違いがある。
その話の前に簡単に内容を紹介しておこう。

本書は、中国文学者奥平卓による岩波ジュニア新書の一冊。高校生向け――だからたいていの大人向け――の漢文入門書。43の課題(1課題4もしくは6ページ)を読み進めていく。訓読文、書き下し文、字句説明、現代語訳、解説がワンセット。そのなかで、

  • 送りがな、返り点、置き字、再読文字など訓読の基本ルール、
  • 使役形、可能形、限定形、否定形、受身形、仮定形、感嘆形、比喩・比較形といった句法・句形、
  • 副詞、前置詞、接続詞を中心とした字句、その数約300、

を順次学べるように配置されている。

扱われている文例には、寓話や伝奇、漢詩など興味深いものが選ばれている。

例えば『廉頗・相如列伝』。ここにある故事、「臣請完璧帰趙/臣請ふ璧を完うして趙に帰らん/璧を完全に守って帰国いたします」からきた言葉が「完璧」。欠点がまったくないという意味のカンペキ。多くの辞典に「きずのない玉の意から」と載っているけど、それって誤りなのだね。

唐代史記『杜子春伝』もある。芥川『杜子春』の原形であるが、芥川と原典とで結末がまったく異なる。思わず声をあげた杜子春を、芥川では褒めるのに対して、原典では使えねえやつだと愛想を尽かし追放する。

すべてが失敗に終わったあと、太い鉄の柱をごしごしと小刀で削りはじめた道志の姿は、敗れても敗れても挫けることなく人間の可能性に挑戦していこうとする、したたかでしぶとい実験精神の象徴とも見ることができます。だからこそ作者は、愛の試練に敗れた杜子春を、「やはり俗界の人間だ」と冷たく突き放すことができるのです。その杜子春を、芥川が「それでこそ人間である」と肯定的に描いたのとは、なんとも大きな違いといわなければなりません。

彼我の文化の違いまで解説していて、漢文を学ぶ魅力をも伝えてくれている。

ここまで、読みやすく、しかも深く書かれているとはいえ、構成としては一般的だ。

では本書の特徴はどこかと言えば、漢文を語学としてあつかうところにある。語学なのだから、それを学ぶときに絶対しなくてはならないことを指導する。

ここでぜひともお願いしておきたいのは、辞書(漢和辞典)の活用です。英語ならかならず辞書をひくけれど漢文ではどうもおっくうで、という人もいますが、辞書なしの語学学習など、成り立つはずがありません。

そう、漢文読むなら漢和辞典引け、字義を調べろ、と。そんなあたりまえのことをはっきり言う、そして文中何度も繰り返してくれる。ここが本書のキモなのだ。

学習参考書は試験で点を取るための実用書だ。点を取るためならそこに書かれていることを覚えさえすればよい。ポイント、コツ、カンどころ。それこそが学参の使命。そして試験が済めばそこでおしまい。

一方、本書はあくまでその先へ進むことを前提にしている。読みたい漢文を読めるようになることを目指している。本書だけで読めるようになるわけではない。はじめの一歩。この先、頼りになるのは辞書なのだ。だから「辞書を引け」と口をすっぱくして指導するのだ。どちらが良い悪いではない。目指すところが違うのである。

本書を習得すれば、あとは辞書を引きまくって読んでいく。前方には『史記』『十八史略』『春秋左氏伝』『唐詩選』などなど、中国古典の大海が広がっている。本書はそこへこぎ出すための大切なものを授けてくれる。

 - 人文, 読書