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なぜブログを書くのか、それは幸せになるため

   

たいそうな恥ずかしいタイトルを付けてしまった。長年ブログを続けていると時折、なんでこんなことやってんのかな、という迷いが襲ってくる。そのたびにブログ運営のことに思いめぐらすことになるわけだが、今回はじめて、ブログを書くことって幸せにつながってるんじゃないかな、なんてことに思い当ったものだから、そのまま素直に記事にしてみた。

ブログを書く

きっかけは『ブログ起業』

事の発端は、1年半ぶりにたまたま読み返したかん吉さんの『ブログ起業』だ。出張の移動中、手持無沙汰だったので持っていたkindleの電源を入れたら、なんとなくそれが目について開いてみた。ほんとたまたま。

そこには、人生を一つのブログにまとめなさい、そうすれば日々の経験が資産となり、それが成長につながるよ、ということが語られていた。さらに、ブログの可能性を理解しなさい、信じなさい、と。そんなことが書かれているのはすっかり忘れていた。忘れていたというより、前読んだときは響かなかったんだろう。書名から察しがつくように、起業、ビジネスに重きが置かれているから、それらへの関心が薄いぼくは興味の外に置いたのかもしれない。

でも今回は響いた。特に響いたのは「人生の受皿としてすべてをブログに落とし込む」というところ。ビジネスという枠を取っ払って、もっと一般的に、普遍的に考えてみたらどうなるだろうか。ブログにどんな可能性があるのだろうか。

そしたら、ブログのあり方みたいなものが浮かんできた。ブログを書くことで幸せになるんじゃないかな、と。

「幸せ」とは何か決めておこう

まず「幸せ」を定義しておく必要があるだろう。人それぞれ、いろんな幸せがあるから。ここでは、「気分よく暮らすこと」を幸せとしたい。大袈裟に言えば「精神的に豊かな生き方」。要するに、なんとなく楽しいよな、それでいい。よって物質的な豊かさ――ビジネスで稼ぐとか――は考慮しないことにする。

なぜブログを書くことが幸せなのか

「人生のすべてをブログに落とし込む」ということは何を書いてもいいということ。むしろ何でも書けということ。かん吉さんも雑記ブログの重要性を説いている。普通はその反対で、「テーマを決めろ」と勧められる。もちろんそれもいいんだけれど、何でも書いていいんだよ、と言われるととたんに楽ちんになる。

もちろん雑記だからといって、無制限に何でもかんでも書きゃいいってもんじゃない。最低限の縛りはある。それは自分以外の人が見て(できれば読んでもらって)役に立つということ。役に立つというのにもいろいろあって、困ったことやわからないことをスパッと回答してくれるとか、新しい知識や便利なハウツーを教えてくれるとか。

でもそこまですっごい新情報じゃなきゃいかんということもあるまい。なんだかクスッとさせる、ホッとせるのだって役に立っているわけで。ほんのちょっとでも楽しさの振動を与えられればいい。まあそれが難しいんだけれど、そういう姿勢を意識してブログを書くことはできそうな気がする。

他の人が楽しくなるためには自分が楽しくなくちゃいけない。いけないってことはないけれど、楽しいに越したことはない。すると楽しいことを探すようになる。普段何気なくスーッと素通りしていた日常の中で楽しい側面を探すようになる。特別なことをするのではない。これまでと同じことをしているのだけれど、斜めから見たり下から覗いたり、ズームインしたりアウトしたり。まあ要するに発見があるってことだ。日々発見がある。発見しようと行動する。これって楽しくないか。そういう変化が幸せを感じさせるように思う。

もしそれが誰かの目に留まって、その人が「なんかいいね」と感じてくれたらプラスアルファの幸せだ。でもそれは、あえて教えてくれなければぼくにはわからないけどね。そんなことがあったのかもしれないなあ、と勝手に想像するまでだ。

まとめとおまけ

以上をまとめると、ブログを書く、日々の体験をブログに落とし込むと面白い発見をするチャンスが増えて、楽しく暮らせるんじゃないか、それが幸せの一つじゃないか、という話。

そんな本筋に加えて、さらにおまけがある。ブログを書くこと自体を楽しむので、更新頻度だとか、記事の文字数だとか、そんなのどうでもいいことになる。ましてや自分ではコントロールできないページビューなんて気にしたって仕方ないこと。束縛から解き放たれて清々しくなれる。どうでもいいストレスにおさらばなのである。

長いこと零細ブログを続けてきて、ようやくこの考え方に行きついたよ。

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