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『科学の方法』科学とは何かを知りたいならこれ一冊で必要十分

      2017/09/16

「科学ってのはね、苦手なこともあるけれど、たいしたもんだよ。これからもっと発展するし。楽しみだねえ」、読後、中谷先生が顔をほころばせてそんなふうに語る様子が目に浮かぶ。『科学の方法/中谷宇吉郎/岩波新書』には、自然科学の本質、方法、現在の姿がすべて詰め込まれている。

火星へ行ける日がきても、テレビ塔から落とした紙の行方を予言することはできない

幾度となく登場するこのフレーズ、科学の偉大さと限界とを一言で表現した名言だ。

科学はその性質上得意なことと不得意なこと、言い換えれば扱いやすい問題と扱いにくい問題とがある。火星へ行くことは得意だけれど、紙がどこに落ちるか予言するのは苦手、というわけだ。

そもそも科学は信頼で成り立っている。信頼の土台は再現可能性、何回やっても誰がやっても同じ結果が得られる、もしくは得られるはずだということ。そして再現可能性は、統計的に扱える(かなりの量がある)ことと外乱を極力排除できることとが前提となる。

なんで「紙の行方を予言することはできない」かと言えば再現性が低いから。紙が落ちるとき周りの空気がかなりちょっかいを出す(外乱が大きい)。そしてそのちょっかいの出し方がその都度変わるものだから(空気の分子一つひとつの動きなんてわからないから)、どんなふうに紙が落ちるか決められないのだ。

しかしこれをもって、「なんだ、科学なんてたいしたことないじゃん」などとゆめゆめあなどってはいけない。フレーズの前半を見よう。「火星に行ける日がきても」である。科学は人を火星に連れていくというすさまじい力を持っている。事実、人間はまだだけど、ロボットは何台も火星に降り立って仕事をしている(本書は1958年に書かれていている!)。

科学でできることとできないこと、これを知っておけば、世に出回るいろんな言説を信頼するか疑うかの見極めができようになる。

科学の真理は、自然と人間との協同作品である

これも繰り返し登場するフレーズ。科学の意味、目的は何かという問いに対する中谷先生の答えである。これは深い言葉で、反論も少なからずあるはずだ。というのもこの問題はややこしい。科学哲学の範疇に入ってくるから。いろいろ論争があって、みんなが認める唯一の答えはない。

自然には真理があって、科学の目的はそれを探求することだ、という考え方がある。それを科学的実在論と呼ぶ。これに反対する考え方、自然の真の姿はわからない、という考え方もある。反実在論と呼ぶ。

中谷先生のお立場は反実在論だ。その中でも構成的経験主義を先取りしているようにも思える。構成的経験主義とは、自然に対する理論は、それが経験的に妥当であれば正しいか、正しくないかはどうでも良いとする立場。

一部を引用すると、

科学の世界では、よく自然現象とか、自然の実際の姿とか、あるいはその間の法則とかいう言葉が使われるが、これらはすべて人間が見つけるのであって、その点が重要なことである。実態を見つけたといっても、それは科学が見つけた自然の実態である。従って、それは、科学の眼を通じて見た自然の実態なのである。自然そのものは、もっと違ったものであるかもしれないし、たぶんずっと違ったものであろう。

ファラデー以前のいろいろな電気現象も、ファラデー以後の電気現象も、実際の現象自身は、何もちがっていない。けっきょく電気はどこにあってもいいので、真空の中にあっても、金属の表面にあっても、どうせ見えもしないし、捉えることもできないものである。ただどちらの理論の方が、より広く自然現象の説明に使えるかという点が問題なのである。

この辺、かなり大胆なことをおっしゃっていて、本書の中でむちゃくちゃ面白いところ。ぼくはこの立場に賛同します。本書の冒頭「序」で、哲学的なところは適任者にゆずる、と著者はおっしゃっているのだが、しっかり哲学的なところに触れているところがかわいい(失礼)。

科学は永久に変貌しつづけ、かつ進化していく

以上、とりわけ気に入ったフレーズを二つ選んでみた。これら以外にも惹かれる箇所がいくつもある。

  • 半減期と平均寿命とのアナロジー:個人が何歳まで生きるかはわからないが、例えば日本人が平均して何歳まで生きるかはわかる。これは半減期(放射性同位体が崩壊によってその内の半分が別の核種に変化するまでにかかる時間)と同じである。上手い。
  • 「生命の力」:生命の力というのが何を示しているのかあいまいだ。生気論のことなのか。還元論では生命はわからない、ともとれる。1958年なら機械論が主流だろうから、異論を示しておこうということなのだろうか。
  • かたちの科学:フラクタルとか、チューリングパターンとか、複雑系の発展を見たら何とおっしゃるだろうか。聞いてみたい。

などなど、どのページを開いてもワクワクネタ満載なのだけれど、このくらいにしておく。余すとこなくしゃぶりつくせた。
科学の素顔をさらけ出して、その魅力を語りつくした中谷先生の解説。最後に、

(科学は)永久に変貌しつづけ、かつ進化していくべきものであろう。

と締めくくられる。

科学とは何か?それを知るにはたった新書一冊、中谷宇吉郎先生の『科学の方法』で必要十分である。1958年の刊行から60年近く経った今でも決して古くはない。これを読めば、きっと「科学ってのはね、……」と誰かに話したくなるはずだ。

科学の方法/中谷宇吉郎/岩波新書
科学の方法 (岩波新書 青版 313)

 - 自然科学・応用科学, 読書