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『赤ひげ診療譚』たとえば自分の居場所の見つけ方

   

ふと山本周五郎を読みたくなった。NHK-BSのドラマを目にしたのが直接の引き金だ。それと併せて、そろそろ山本周五郎を読める歳になったかなとも思った。

山本周五郎を読むのに年齢は関係ないのかもしれない。でも、周五郎作品に描かれているであろう人間の機微を味わうには、そこそこの人生経験があったほうがよいかなという先入観のようなものだ。実際、若いころ『樅の木は残った』を途中で投げ出した経験がある。そろそろよい頃かもしれない。

手に取ったのはテレビで見た『赤ひげ診療譚』である。小石川養生所の「赤ひげ」と呼ばれる医師と、長崎遊学から戻った見習い医師との魂のふれ合いを中心に、貧しさと病苦の中でも逞しい江戸庶民の姿を描いた物語。1958年、『オール讀物』に連載された8編からなる連作短編小説だ。

読み始めるなりスーッと引き込まれた。

巷では、周五郎作品は封建武士や庶民の哀歓を描いているとされている。もちろんそうなのだが、いろいろな読み方ができる。市井物であり青春物であり、ミステリでもある。政治、社会、医療、各視点の問題が盛り込まれている。なんとも懐の広い作品なのだ。

それらの中でも最も突き刺さる視点、人生論、生き方論としてここでは読んでみたい。キーワードは「居場所」と「目標」。

小石川養生所に勤めることとなった保本登は、そこの長、新出去定にことごとく反発する。それもそのはずで、御番医になるつもりでせっかく長崎留学してきたのに、貧しい者たちの医療に当たる診療所に放り込まれたのだ。こんなところはおれの居場所ではない。

「私は森なんぞと違って蘭方を本式にやって来たんだ、赤髯だって知らない診断や治療法を知っているんだぜ」 「ではどうしてそれを、実際にお使いにならないんですか」 「こんな掃き溜のようなところでか」と彼は片手を振った

さらには留学中に許嫁が他に男をつくって逃げている。踏んだり蹴ったりの目に会っているのは確か。ぐれるのもわかる。

ところが物語が進むにつれて、主人公の保本登は変わっていく。新出去定と関わることで、極貧の患者たちに触れることで変化していく。彼はなぜ変化したのか。

それは、働く目的、生きる目的が変わったから。当初、登の目標は御番医になること。それが目標であれば、御番医になれなければそこで目標は消える。居場所こそが目標。そんな登が、新出去定の目指すところを理解すると、自分のそれがとても低いものであることを感じ取っていく。

去定の目指すところはどこか。貧困と無知を克服することである。

「現在われわれにできることで、まずやらなければならないことは、貧困と無知に対するたたかいだ、貧困と無知とに勝ってゆくことで、医術の不足を補うほかはない、わかるか」

それが徒労に終わってもよいという覚悟まである。

「この世から背徳や罪悪を無くすることはできないかもしれない。しかし、それらの大部分が貧困と無知からきているとすれば、少なくとも貧困と無知を克服するような努力がはらわれなければならない筈だ」
……
「おれの考えること、して来たことは徒労かもしれないが、おれは自分の一生を徒労にうちこんでもいいと信じている」

赤ひげが貧者を見捨てないのは、そこに問題を捉えているから。貧困と無知に勝つことが目標であれば、居場所はどこであろうと問われるものではない。どこにいても目標に近づくことができる。より普遍的な目指すところがあれば、どこであれできることがある。

登はそれがわかったのである。居場所を選り好みしている場合ではない。生きる上で居場所なんて問題ではないことがわかったのだ。物語の最後はこう締めくくられている。

「はっきり申上げますが、私は力ずくでもここにいます、先生の腕力の強いことは拝見しましたが、私だってそうやすやすと負けはしません、お望みなら力ずくで私を放り出して下さい」 「おまえはばかなやつだ」 「先生のおかげです」 「ばかなやつだ」と去定は立ちあがった、「若気でそんなことを云っているが、いまに後悔するぞ」 「お許しが出たのですね」

さりげない物語の中に強烈な人生訓が織り込まれていた。

松岡正剛は、山本周五郎を「塩煎餅をかじるように」読む、と表現していた。さすが素敵な言い回しだ。山本周五郎は極上の塩煎餅である。

収録作品:「狂女の話」「駆込み訴え」「むじな長屋」「三度目の正直」「徒労に賭ける」「鶯ばか」「おくめ殺し」「氷の下の芽」

 - 小説